第3話

 先日の屋台街の一件以来、ドラゴマン達は頻繁に屋台街で昼食を摂るようになった。
 すっかり顔馴染みになったスケワだが、その正体は屋台街のボスのような存在で、ほとんどの屋台の店主が彼の屋台で修行したという。
「修行ってえと大袈裟なんだよ。売り子させて、火を任せて、金の勘定を任せただけだ」
 自分では言わないが、他の屋台の店主が言うには開業資金も面倒を見てやっているらしい。スケワはこの話になるといつも顔を背けてゴニョゴニョと話す。それに怒気を纏っていないスケワを見ると、流石に7尺は勘違いかもしれないと思い直すようになった。
「ドラゴマンてめえ何ニヤついてやがる……おい、リリアもだ!何なんだクソガキども!さっさと金を払え!」

 志願兵の訓練は死ぬほどつらい。正規兵は兵士家系や下級貴族から幼い頃から訓練するものなので、それに追いつく必要のある志願兵の訓練は自ずと激しいものになる。
 しかもそれをわかって志願する者ばかりなので、弱音すら吐けないのだ。
 ドラゴマンにとってはもう一つ弱みを見せられない理由もあるし。

 そんな中で、意外と気の合うオルゴリオ小隊の仲間達と、屋台街での交流はほっと息がつける場所だ。
 その日も彼らは示し合わせることもなく屋台街へ足を向けていた。

「おらクソガキィィィ!!!今日こそは金を払ってもらうからなァァァ!!!」
「今日も元気だねスケワさん」
「今日も来たなーって感じするよね」
「いやみんな慣れすぎてない?俺っちまだ怖いよあのおっさん」
「ジェイ、それスケワさんの前で言うなよ?くっそ怒るから」
「え、ドラくんそれってどれ?」
「おっさん」
「あァ!?誰がおっさんだ!お兄さんだろどう見てもドラゴマンンン!てめえゴルァ!」

 ドラゴマンは皆と同じくブモー肉の串焼きに加え、特大のたんこぶをおまけでもらった。

「んで、何であんなに怒鳴ってたんですか?」
「ああ、最近ランジュってクソガキが屋台街で万引きを繰り返しててな。ちっこいからカウンターに隠れて持ってったり、他の客の皿から持ってったりしちまうんだよ。衛兵にでも見つかったら大変なことになっちまう」
「衛兵に捕まるならいいじゃないですか」
 レジャがおっとりと不思議そうに首を傾げる。
「本当に困ってるんならよ、別にタダでやっても別にいいとは思ってるんだよ。だが罪を犯しちまうのはダメだ。それをわかった上でくれてやらないといけない」
「オーガ族と見紛う強面の大男が柄にもなく……いでっ」
 おどけたジェイにもゲンコツをおまけして、スケワは立ち上がる。
「とにかくだ。ランジュを見つけたら衛兵に捕まる前に連れてきてくれねえか?貧民街のガキってわけでもないのに何でこんなことしてるのか聞かなきゃならん」

「でも万引き置き引き食い逃げの常習犯なんだよね?小さな子どもがどうして捕まってないんだろ?」
「さっきのスケワさんの話だと衛兵も目をつけてるっぽもんな」
 レジェとジェイと別れた2人はさっきの話題について振り返っていた。歳の頃は10歳に満たない少女らしく、孤児院の妹分と重なることもあり他人事と思えずにいるのだ。

「それに、貧民街の子じゃないってことは街の子ってことでしょ?街に居住権のある平民階級なら食い逃げする必要もないと思うんだけど……」
「ってか家があるなら行ってみて親に聞いてみればいいんじゃ……」
「たしかに!じゃあちょっと聞き込みして行ってみる?」
 ふと思いついて口にした言葉は、自分達の仕事ではないと思い直したドラゴマンは、リリアの背を押して訓練場へ戻ることにした。
 もし親や家族が知ったら悲しむかもしれない。その子が怒られるかもしれない。事情を知らない状態で余計なお節介をするのは気が進まないが、リリアは突っ走ってしまうだろう。
 それにそこまでする気力も体力も、訓練の後に残っていることの方が少ないのだ。今最優先にすべきは努力・訓練・研鑽だろう。


「お前、街の子じゃないっすね?」
 薄暗い裏通り。街の外れにあり、居住権を持つ平民階級以上の住民達からは無いものとされている貧民街にへらへらと話しかける声が響く。
 空気が悪くくぐもったその声に返されたのは、獣のような唸り声だった。

「へえ、お嬢ちゃん、珍しい種族っすね。それとも祭りの仮装の練習?どっちにしてもここはあんたの来る場所じゃない。街か森に帰りなさいな」

 腰帯から取り外した鞭を見せつけるように、男は構えた。



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