第2話 

 2人がオルゴリオ小隊に配属されてから2ヶ月が経過した。
 故郷の村が全滅してから積み重ねてきた強くなるための努力が、まるですべて無意味だったと突きつけられているような苛烈な訓練の日々。
 ひとりではきっと心が折れていたかもしれない。悔しげに口を歪めて追い縋るリリアを横目に、ドラゴマンは1人自省した。
 こんなことでは守るなど到底できない。いつも自分は守られてばかりだ。

「ゴマちゃん、お昼どうする?」
「だからゴマちゃんはやめろって「じゃあドラちゃんとどっちがいいの?」
 リリアに頬を指でぐいぐいと押してくる。ドラゴマンは諦めて「なんでもいい……」というだけでぐったりしてしまった。
「ゴマ……?」
 隣で聞いていたおっとりしたレジャが不思議そうな顔で尋ねてくる。周りに聞かれたくなかったドラゴマンはため息だけで逃げることにしたが、リリアがそれを許さない。
「ドラ…ゴマ…ン!!」
 リリアが指を立てて言うと数秒遅れて理解したレジャはクスクスと笑い出した。
 オルゴリオ小隊に5人いる女性の中でもリリアとレジャは馬が合うらしく、訓練でもペアを組んでいる。曰く「ゴマちゃんの倍強い」らしい。

 結局2人に加え、レジャとジェイの4人で屋台街に昼食を食べにいくことになった。
 ジェイはノリの軽い奴だが高い威力と敏捷さで小隊の中でも組み手の成績は上の方にいる。しかしそれを鼻にかけるでもなく隊のムードメーカー的な役割である。

「楽しみにしててよねー俺のおすすめ屋台紹介しちゃうからさー」
 昼時で休憩時間の人混みの中をずんずんと進むジェイ。後ろをついていくので3人とも必死だ。
「あんまり屋台街ってこないかも」
「えーもったいない!ここは労働者の憩いの場だよ!いろんな情報が飛び交ってる。屋台の主人と仲良くなるのも大事だよ」
 ジェイは器用にも振り返って話しながら、人にぶつからずに進んでいく。背中に目があるのかと疑うほどスイスイと人の波を避けていくのだ。

「だからつめてえって言ってんだろ!腹ァ壊したらどうしてくれんだよ!前金で慰謝料寄越せよ聞こえてんのかクソアマァ!!」
 屋台街の入り口に差し掛かった頃、奥からドスの利いた怒鳴り声が響いてきた。元々騒々しい場所ではあるが、明らかに異質である。

「え、あの……今火から上げたばかりの出来立てで……あなたも熱そうに頬張ってました……よね……?」
 ドラゴマン達が近くまで来た頃、串焼き屋の売り子が泣きそうな顔で反論し始めた。しかし気の弱そうな女性に言い返されると思っていなかった怒声の主は顔を真っ赤にしている。火に油を注いでしまったようだ。
「ああそうだよ!口の中火傷しちまった!これじゃ仕事に差し支えるんだよ!慰謝料追加だなァこりゃ!」
 見て呉れはただのゴロツキのようだ。流れ者の傭兵か何かだろうか。この場所もあまり清潔感はないが、それにしてもこの場には似つかわしくない。

「さすがに見てられない……え」
 リリアが肩をいからせ足を踏み出そうとしたその時、ドラゴマンが一歩先に動き出していた。彼が声をかけようと口を開いた瞬間。
「うちの売り子が何か失礼をしちまったかい?旦那」
 ドラゴマン達の背後から野太い声が響き渡った。
 ゴロツキの怒声も意に介すことなく食事をしていた人々も、その声には顔をあげて反応している。
 振り返るとよく陽に焼けた7尺はありそうな大柄の男が笑顔で腕を組んでいた。しかし彼が纏う怒気や殺気のような空気はその表情の正反対の感情を表しているようだ。額や首筋には青い筋が盛り上がっていた。

「おお、おお、あんたが大将か。聞いてくれよ、あんたんところの姉ちゃんが渡してきたこの串焼きだが、中は生で外側は熱すぎだ!口の中ァ火傷しちまったひ、よく焼いてねえせいで今晩腹を下しちまうんだよァ!」

 ゴロツキはドラゴマン達を押し退け、後ろの男に詰め寄った。責任を感じているのか売り子の女性は顔を覆って俯いてしまっている。
「あの……」
 ドラゴマンが証言しようと大男の顔を見ると、ゴロツキを通り越して自分達へ向けて片目を閉じたのが目に入った。彼らに向けられた目線には、怒気も殺意も感じない。

「そいつァ悪かった。おいムーヤ、どの串だ?」
「あっ、えと……左から三番目のです……表面に水滴が浮き出てきたものをお渡ししました……」
「ほう……」
「ガタガタ言ってねえで慰謝料を寄越せよ!よく焼いた同じ串をもう3本でいい!このままじゃこの屋台街で変な噂が立っちまうぞ?ここにいる全員が証人だ!俺ァ客なんだよ!『お客様は大神樹の化身』って言うだろォ?」

 唾を撒き散らしながら凄むゴロツキに、大男の表情はどんどんと温度を下げていく。
(もし俺だったら血が凍っちまうな……)
 ドラゴマンが心の中で身震いをすると、大男が氷点下の笑顔を崩さないまま口を開いた。

「今日のうちの串焼きはブモー(牛のような生き物)の肉だけだ。ムーヤが言うようにあんたの持ってる肉の表面は肉汁が浮いてきてる。食べ頃だ。腹を壊す心配もねェし、口の火傷に関しちゃ火から上げたばかりの肉にかぶりつきゃ誰だって火傷するだろ。食うタイミングは勝手だ。知ったこっちゃねえ。
俺たち商売人がお客様を大切にするのは商品の価値を代金って価値と交換して頂けるからだ。てめえみてえに弱みにつけこんで自分だけ利益を得ようとする奴ァ大神樹以前に客でも何でもねえんだよ!!!」

 標的を絞った貫くような怒号はゴロツキの卑しい心を叩き折って粉々にしたようで、屋台街全体がしんと静まって数秒後、ぽてんと尻餅をついてしまった。
 周囲の人々はその瞬間に興味を失ったようで、瞬く間に日常を取り戻した。その切り替えの早さにリリアとドラゴマンが唖然としていると、大男がニカっと笑って言った。

「すまんかったね、お客さんたち。1本づつサービスだ。どれにする?」
 男はスケワと名乗った。


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