第7話

「オルゴリオ隊長が強化兵士?」
「わわわ、声がでかいって!超特大の機密事項らしいから!」
 あまりに胡散臭い噂話に、女子2人は苦笑している。先ほどまでの重苦しい空気が完全に霧散していた。

「クソガキ共、おもろい話しとんな」
 後ろから聞こえてきたのは副長レェヴの特徴的な発音だった。それよりもこのくだらない噂話を聞かれてしまった。
「あ、いえ……なんかそういう話が?ある?みたいな?らしいぞ!みたいな?」
 焦ったドラゴマンはしどろもどろに誤魔化そうとしてみるが、胡乱な目つきは一向に収まらない。
「レェヴ副長も聞いたことあるんすか!?じゃあやっぱりこの噂は……」
「ダホボケカス。そんな非現実的なことあるかいな」
 オルゴリオと違って細身のレェヴだが、方向性が違うだけで恐ろしい攻撃力を誇っている。重くて圧があるのがオルゴリオであれば、レェヴのそれは速くて鋭い。そんな彼のゲンコツをくらい、ジェイは頭を抑えて涙ぐんでしまった。

「あの人が異常なだけや。あんまりたらたらしてると午後の訓練遅刻するで」
 そう言って、訓練場へ歩き去ったレェヴの背中を見送って、4人はそれぞれ顔を見合わせた。


「視魂官殿、どうかね」
 大狼との戦闘が始まる少し前、北門の見張り台には緊張が走っていた。ほとんど外組と関わりのないような重鎮達がここに集まっている。彼らの視線の先にいるのは魔獣の対応をする正規兵ではなく、志願兵達であった。

「志願兵の中には……3割ってところでしょうか」
「ほほぉ。して、何色がありますかな?」
 視魂官と呼ばれた灰色のローブを着た男は、ゴテゴテと装飾のついた双眼鏡で目に止まった志願兵を覗いている。その頬を大粒の汗が何筋も伝っている。
「大きな白……小さな赤……っと」
 ふらついてしまい、急いで双眼鏡を目から離す。その様子が気に障ったのか、正装をした禿げた小男が鼻を鳴らして侮蔑の表情を向けた。
 それに気づいた視魂官は、苦笑しながら言う。
「この魔導具は魔力の消耗が激しいのです。あまり多くの者は見られませぬよ。かといって他の方では、これを持ってしても魂を見ることなど叶いますまい?」

 視魂官がそう言ったが早いか、地上から悲鳴が上がり、そこから一気に騒がしくなった。どうやらすぐ下まで魔獣が飛び込んできたらしい。
「むう……ここまでの接近を許すとは……このままだとここも危険かもしれんな。視魂官殿をお連れしろ。私の護衛も忘れぬようにな」
 小男が命じると、生気を感じない顔色の男達が要人達の傍を固める。そして彼らは物見台を後にした。

 去り際、視魂官はふと顔を上げる。魂の反応が増えた……?
(魔獣との戦闘で魂が活性化したのか。新たな候補者が誕生したのだな……大天使ミントよ)


「視魂官 ジールよ。表を上げよ」
 声に従い、ジールと呼ばれた男はフードを取って顔を上げた。見上げた先、玉座に座すは、今世神聖コントラクト王、コンラットその人である。

「して、進言とは?」
 弱々しい声で先を促す国王。西のヴァーラル王国と並んで大陸最大級の神聖王国を治めし英雄の末裔だが、その体には病魔が棲みついているらしい。噂によればその命はもう長くはなく、そしてその認識はジールにしても同様だった。
 これからジールが話す内容は、王国を二つに割るかもしれない。反対する者も、悪用しようとする者も出てくるかもしれない。しかし……
「恐れながら……恐れながら申し上げます。ミントの儀の前倒しと、対象の拡大を進言致します」
「前倒しはよい。しかし儀式の対象者を拡大せよ、とは?」
 口を挟みかけた臣下を手で制し、鋭い視線でジールに向けて問いかける。この迫力は英雄の末裔なだけあるなと感じる。
「は。先日市民が魔獣に襲われた際、魂の煌めきが増したのを目撃しました。魂は様々な生物に備わっていますが、それがその聖なる煌めきを宿した状態をジェネライトと呼ぶと古代の文献に残されております」
「人は宝の一節であるか」
「は。そしてその宝というのがジェネライト。大天使ミントの祝福を受けしジェネライトが、人を英雄へと変える、と」
「ふむ……」
「大神樹が黙して数百年。第一次魔獣災害から大陸を救った初代の”英雄”。彼らを生み出したミントの儀について我々も研究をしてきましたが、結果が出ておりません」

 ジールが悔しさに顔を歪めた時、玉座の間に高らかに女性の声が響いた。
「特務研究室がお力添えして差し上げてもよくってよ」
 反応を待たずにツカツカと歩を進めるその女性を見て、ジールはさらに顔を顰めた。
「マリチュ殿、御前である。控えよ」

「あら、陛下にもジール閣下にもいい話だと思いますけどお耳に入れる必要はないと」
 マリチュと呼ばれた女性はわざとらしく残念そうな顔をする。ジールはこの女が苦手だった。王族特務の研究室で好き勝手をしている。叙勲の栄誉は不敬にも辞退したと聞いている。

「話してみよ」
 不敬を犯すわけにもいかないので真意は聞けていないが、なぜ王はこの女に甘いのか……王が耳を貸すというのに辞去するにもいかず、ジールは姿勢を崩さずマリチュの話を聞くことにした。

 しかし話を聞き終えた後、彼は激しく後悔することとなる。特務研究室というのは王国の財産を使って何と恐ろしい研究をしているのか……。
 ただ、より恐ろしかったのが、マリチュのその提案について王が興味を示したことだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?