電車奏者との出会い

 タイトルをみて京急のドレミファインバータを想像した方がいるかもしれないが、そんな上品な話ではない。

 少し電車も空くような時間に京急で移動していた。
 席に座ってぼんやりと考え事をしていたら、どこからか打楽器のような音が聞こえる。だれかのスマホからなっているのかなぁと思っていた。
 しばらくしてもそちらの方から音がなっていたので見てみたが、それらしい人は見つからなかった。しかし、さらに奥側、列車の端に位置する席でその音は発されていた。
 初老くらいのおじさんがリズムに乗りながら手すりを爪で叩いていたのだ。座席を区切るようにして縦に伸びているあの手すりを叩いて音を出していた。しかも、中央部分は黄色いボツボツの樹脂で覆われて音がでにくいため、かなり下のほうを狙って金属音を奏でていた。
 電車内にいる大人としては正常ならざる行いだが、特段ヤバ気な服装や髪型でもなかったために、私は「彼は電車奏者なのだ」と思った。

 原初の音楽は物を叩いたり声を挙げたりといった身近な楽器を使ったものであって、今日のような音楽専用の道具があったわけではない。移動時間に手元にあったものでリズムを刻み音を奏でるという行為は、そういう意味では広義の音楽ではないだろうか。

 もちろんそんな私を含む乗客は彼のことを怪訝な目で見ていたし、迷惑なので同じことをする人が増えてほしくはない。
 でもリズムを刻みたくなるような衝動を感じる瞬間があることは分かる。