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2024欧州滞在記 Day 1

北京のトランジットは8時間あったから、外に出る手もあったのかもしれない。ただでさえ複雑な今回の旅程を組むので精一杯で、考える余裕がなかった。次のトランジット地のアテネもそうで、キプロス島のラルナカ空港までの便は1日に何本か出てるけど、目的地に明るいうちに着きたかったから、早めの便にした。

土曜日。北京→アテネは中華系の人が多かったのに、アテネ→ラルナカでは東アジア系はわたし以外もはや誰もいない。不思議とアウェイ感がさほどないのは、キプロスが初めてではないせいだろうか。Duolingoのおかげでギリシャ文字がかなり読めるようになったし、挨拶のフレーズもだいぶ覚えたので、積極的に使ってみる。ヤー・サス、カリメラ、メ・シホリテ、エフカリスト、シグノミ、パラカロー、エンタクシー、アディオ、カリニヒタ、タ・レーメ……。
 

小型の飛行機はさほど高度も高くなく、幸運にも座席は窓際。空から見るエーゲ海とその小さな島々は、本当に息を呑むほど美しい。町や港や集落も見えるから、人が住んではいるんだろう。この島々のどこかにわたしが住む、そんな人生がありえたりするのかしら?

地中海をしばらく進むと、キプロス島が忽然と姿を現す。それは巨大で、大陸のようにすら見える。空から見ると緑は少ない。乾いているのだ。でも去年来た時、わたしはちょっと砂埃の舞うキプロスが、ニコシアの町が、好きになってしまった。
 

イミグレで、わたしの前に並んでいた親子が検問官と10分近く揉めている。母親がかなり強気な態度で交渉に当たっている。喧嘩腰のままなんとか彼らも入国。わたしは出国日を訊かれただけですんなり入国できた。荷物受取所で、つい鼻歌とか歌ってしまう。戻ってきたなあ、キプロスへ! 同じ場所に戻るのは簡単ではないと思い知っている。今のところ、ここでは何の勝算も明確なプランもない。ただ、気になる猫がいる。まずはその猫を追ってみようと思っている。
 
空港内のカフェで濃いめのキプロスコーヒーを飲みながらヴェロニカさんを待つ。ヨルゴスさんから電話がかかってきて、今夜からの映画祭にもし疲れてなかったら一緒に行きますか、とのお誘い。もちろん! アテネからの飛行機はそんなに疲れなかったし、身体にエネルギーを感じるからなんとかなりそう。

ヴェロニカさんとの再会は嬉しかったけど、ひとつ哀しいお知らせがあって、あの近所のカフェ92歳のおじいちゃんが昨日亡くなったとのこと。いつも彼がカフェにいるあの景色が好きだった。あのおじいちゃんに味わってもらいたいと思って、日本からのお菓子もお土産に用意していたのだ。それが、昨日……だなんて。


シャトルバスでニコシアへ。2回目だし、自力で市内まで向かいたいと思って、あらかじめバスを予約しておいた。これまでの旅の経験からすると、アテンドしてもらった車だけで移動するのと、公共交通機関で移動するのとでは、全然見える風景が違う。シャトルバスはハイウェイを走り、ニコシア郊外のターミナルに到着。猫がいる。きっと去年もここにいた猫だ。わたしが探している猫とは違うけれども。
 
そこからは迎えにきてくれたヨルゴスさんの車で、市内中心部のZena Palaceで開催される映画祭に向かう。「第22回キプロス国際映画祭(Cyprus Film Days International Festival)」。駐車場でフミコさんと再会。こんなに早く会えるなんて! KEOの生ビール500ミリが3.5€なのはありがたい。アテネやラルナカの空港の半額くらいだし、生ビールなのも嬉しい。9€のチキンサラダボウルも絶品だった。
 
1本目は『Bye Bye Tiberias』で、パレスチナにルーツを持つ女系4世代のファミリー(監督自身の家族)のドキュメンタリー。前情報を持ち合わせてなかったし、映画の背景を充分に理解できたとは言えないけど、英語字幕もついているし、パレスチナ周辺の土地や人々のリアリティが少しでも垣間見れたのはよかった。キプロスの観客たちにとっては、海を挟んですぐ対岸のできごとだから、「対岸の火事」といってもそれは遠い世界のできごとではないだろう。

2本目は『Detached House』。キプロスで撮影された映画らしい。ある家に空き巣に入った男が、その家にやってくる様々な人たちと……という劇映画で、冒頭はタランティーノの『パルプ・フィクション』と熊切和嘉の『鬼畜大宴会』を足して2で割ったような感じで期待が大きかった。でも、ひとつの家で進行する物語としては、会話にもっと緊張感があってもよかったような……。わたしの体力が限界だったせいもある。一緒に観たカーラさんとヨルゴスさんによると、警官やSNSへの社会風刺が……とのことだったけど、そうかなるほど言われてみれば風刺か、とそれでようやく気づく体たらく。女性キャラクターの特異さに比べると男性キャラクターのほうは凡庸な設定で、その落差のほうが気になってしまう。
  
終演後のパーティは大いに盛り上がっていて、フミコさんもなんなら車で送っていくよと言ってくれたし残る手もあったけど、さすがにまだ荷物も解いてないから、ヨルゴスさんたちと一緒に帰ることに。滞在するのは屋根裏部屋のような場所で、ハシゴをよじ登らないといけないから、そんなに酔っ払うわけにもいかないしね。そのハシゴを登りながら、あ、去年よりも身体が早く順応しているかも、と思う。春からヨガを再開していて、身体が多少軽くなっている。

お目当ての猫はいない。夜はやっぱり裏のレストランのほうに行っているのかな。でもこの一週間、毎晩映画祭を観ていたらあのレストランに行けないな……どうしよう。まあ深く考えるのはやめよう。シャワーを浴びる。ここのシャワーの出し方はコツがあるんだけど、そのやり方もちゃんと身体が覚えている。記憶している。まずはこの身体がどこに向かうかをキプロスでは試してみたい。
 

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