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藤原ちからの欧州滞在記2024 Day 40

水曜日。Azkuna Zentroaでマスタークラス向けのワークショップ。いつもの「まちたび」形式を英語で、でもスペイン語やバスク語を使いたい人はどうぞという形でやってみる。お題は「雨」「犬」「橋」「グラフィティ」。半年間くらいの訓練プログラムが組まれているこのマスタークラスには結構年配の人たちも参加している。今日は10人くらい。ひとり遅れて参加した人がいて、去年のワークショップの時もそうだったけど、途中参加だと前提を共有できてないせいか場に対するリスペクトが弱いと感じる。今度から途中参加は不可です、と明記していこうかな……。
  
振り返りのあと、少し疲れたのでビールを飲んでラボのソファーで軽くシエスタ。このラボは滞在アーティストは自由に使えることになっている。疲労のせいかちょっと嫌な予感がしていた。チームで共有できるはずのことをひとつ忘れていたな、今日帰ったらしよう……と思いつつ眠っていたら、胸騒ぎだったのか、やはり事件(スリ)が起きてしまった。過去のいろんなアーティストたちが滞在制作時にこうむってきた危険な犯罪のことを考えると(睡眠強盗とかもあった……)、被害額自体はそこまで深刻なものではなく、言い方はよくないかもしれないけど授業料としてだいぶ安く済んだのはほんとに不幸中の幸いだった。しかし精神的なダメージはきっと大きいだろう……。滞在初期に町を歩く際のリスク軽減の方法を少し伝えはしたけれど、ある程度慣れてきたこのタイミングで、いざという時の対処法をあらためて実践的に伝えておくことはできたはずだった。
 
3人で、日本人が経営するラーメン屋に行って、そこで初めてスリに遭ったという事実を知った。すぐに言って欲しかったけど、言えない状態に追い込まれていたのだと思うといろんな意味で涙が流れそうになる。彼女はメニューに書いてあったラドラーを頼もうとしたけど売り切れで、代わりにサケ(酒)を飲んだ。わたしもいっそのこと酒を飲んでもよかったのかもしれないけど、家までそこそこ距離があることを思うと酔っ払うわけにもいかない。帰り道で、実際に普段どんな点に気をつけているかを伝えながら歩く。あらためて人に伝えようとすると、わたしや実里さんがこの数年でどれだけ身を守る術を身につけてきたのか、そしてそれが標準的な日本人の感覚からはおそらくあまりにもかけ離れてしまったことを思い知る。例えば道のどちら側を歩くか、他人とどれくらい距離をとるか縮めるか、今すれ違うこの人と挨拶するかどうか、歩きながらどんな身体の状態でいるか、例えば顔をあげる角度はどれくらいが適切か……に至るまで、頭で考えるのではなく身体が自然と適宜判断するようになっている。そうしなければ生きていけない環境で、それなりの年月を過ごしてきたせいだった。逆に言うと、わたしたちも最初からそうだったわけではなかった。


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