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2024欧州滞在記 Day 4

火曜日。明け方、アザーンの声で目が覚める。この声は去年の滞在時も好きだった。二度寝して、手洗いで洗濯。ヨガをして、昨日スーパーで買ってきた野菜とパスタを調理。朝と昼の2食分作ってしまう作戦。

オンラインミーティングやデスクワークをして過ごす。事務所ではレネさんがパソコンに向かい、ヨナタンが庭の木を切っている。静かに時間が流れる。今ここにいるのがフランス人、メキシコ人、日本人、の組み合わせなのはちょっと不思議。

自転車の空気入れを借りにヨルゴスさんちに行ったついでに、教会前のカフェでまったり。カウンターでひとりおじさんが何やら愚痴のようなものをこぼして、それをマスターがいつものにこやかな表情で聞いている。表のテラス席には3人の客がいるけど、それぞれ別卓でめいめいの時間を過ごしている。フルーツ宅配の車がやってきた。どうやら迷子らしい。カフェの客のおっちゃんがそのドライバーに道を教えてあげようとしたけど、彼はギリシャ語がわからないらしく、話がうまく通じない。彼はなぜ、どこから、このニコシアにたどり着いたんだろうか。


ヨルゴスさんの車で映画祭へ。今日は3本観るぞ! ということで最初は『Slow』。耳慣れない言語だな、と思ったらリトアニアで撮られた映画らしい。性欲旺盛なコンテンポラリーダンサーと、アセクシャルの手話通訳とのラブロマンスで、ふたりの関係性はかなり見応えがあったけど、ちょっと後半は冗長すぎるというか、性欲にフォーカスしすぎでは……ダンスと性欲を結びつけすぎでは……と思ってしまった。手話通訳、という設定にそんなに必然性を感じなかったのもある。でも主役のふたりと、そのあいだ、の存在感が良かった。

わずか10分足らずの休憩で2本目の『Embryo Larva Butterfly』へ。キプロス映画のせいか超満員で、舞台挨拶もあったし関係者も大勢来てるんだろうという感じの拍手だった。リニアな時間軸を飛び越えていく話で、かなり面白かったんだけど、さっきの映画で疲れてしまって序盤の20分くらいウトウトしてしまったのが悔やまれる。つい赤ワインを飲んでしまったのもよくなかった。反省。しかしずっと英語字幕を追うのはそれなりに大変なのだ……。

そして最後は『Perfect Days』。ようやく観れた。批判的な声も聞いていたけど、わたしとしては危惧してたようなエキゾチシズムはさほど強く感じなかったし(この程度なら世界中のどの映画もやってるのでは)、美化しすぎという点についても、どの映画もやってる程度の範囲ではないかと思う。たぶんいちばんの問題は、おじさんが少女にモテるというロマンティシズムだと思うけど、東京の下町ではこのムッツリインテリおじさんはそれなりにモテるだろうなとも思う(希少なので)。ちょっと黒澤明の『生きる』へのオマージュを感じたりもした(全然映画評やインタビューを事前に読んでないのだけれど、すでにいろいろ語り尽くされていることだろうと思う)。

とにかくわたしとしてはあまり冷静に観れる映画ではなかった。自分が東京の下町に住んでいた頃はスカイツリーはなかったけど、居酒屋や銭湯や雀荘で会うようなおじさんたちはみな多かれ少なかれ独自のルーティンやルールの中で生きているようにも見えた、と思い出す。たぶんそうしないと狂ってしまうからではないだろうか。東京の下町では、資本主義の末端に組み込まれながら、あえて小市民として独自の世界に生きることを選んでいる人たちがいるようにも思うし、そのような「独自の世界(Perfect Days)」を供給するシステムを東京が持っているとも言える。

映画を観ながら、東京でアパート暮らしをしていた頃に隣の部屋に住んでいたおじさんをふたり思い出したのだけれど、ひとりはものすごく無口で、7年も隣で暮らしたけど挨拶したのも数えるくらいで、たぶん彼はわたしと顔を合わさないように生きていた。いちど、友人と徹夜麻雀をしてた時に激怒されたことがある。あれだけ壁が薄かったら激怒もやむをえないかなと思う。もうひとりはよく喋るけど不思議な人で、彼はアパートの部屋をふたつ借りていた。なんでも、彼が好きだった老女が住んでいた部屋で、老女が亡くなった後、その部屋を借りて彼なりに追悼しているとのことだった。それは彼からではなく大家から聞いた話だ。彼は警備員の仕事をしていた。夜勤のために、朝帰ってくることもよくあった。

そういえばうちの父親も、東京で何年間かタクシードライバーをしていて、シフトを見ながら週に何度か飲みに行く日を決めていた。行きつけの居酒屋は最終的にはふたつになり、それをあの平山のように使い分けていたけれど、父親は、そのふたつに行きつく前にいくつか他の店も試していて、最終的にはそのふたつの店で完全にルーティンができた感じだった。そう思うと、平山もあの「Perfect Days」に行きつくまでに数ヶ月かもしかしたら数年は要しただろう。それなりの年齢の独身ブルーカラー労働者にとってはいかに体力をキープするかは大きな問題であり、ルーティンの構築は欠かせない。それが崩れることは、ほとんど、破滅を意味する。

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