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2024欧州滞在記 Day 2

日曜日。まだ暗い明け方、寒すぎて目が覚める。前回来たのは猛暑の7月だったから、だいぶ勝手が違う。服を重ね着して、用意してくれていた布団をかぶる。
 
二度寝してから、床を拭くための雑巾と、去年実里さんが設置した滑車で使うロープはありますか、と連絡すると、ヨナタンが持ってきてくれる。まだ身体が少しだるいので、ベッドに横になりながら日記を書いたり、Duolingoしたり。お昼頃、さて何か食べようか、と冷蔵庫を物色し始めたあたりで、ヨルゴスさんから電話があり、公園で仏教のフェスティバルがあるから行かないかとお誘い。
 
車の中でカルラさんに、時差ボケは大丈夫?と訊かれて、その存在時代をすっかり忘れていたことに気づく。わたしなりの時差ボケにならないコツは、日本では今何時……とかできるだけ考えないようにすること。自分が今いる時間軸に集中するのがいい。映画祭を観に行って、疲れ果ててから熟睡するのもたぶんいい。
 
お祭りが開催される公園は、毎週日曜日に移民たちが集まるあの公園のことだった。かなりの人数が集まっている。仏教系の祭事といっても日本流の静寂さや威厳のようなものはなく、みんなカラフルな衣装を着て、わいわいがやがやとおしゃべりしている。ヨルゴスさんたちと親しい別の家族と合流。スリランカ出身らしい。13歳の息子はかなり社交的で、わたしにいろいろ訊いてくる。わたしもお返しのように尋ねる。ぼくはまだキプロスから外に出たことがないんだ、うちのママはハウスクリーニングの仕事をしてるんだ、と言った後、彼はしばらく沈黙する。
 
儀式を見ているうちに、彼らとはぐれてしまう。ま、いいか、と心配かけないようにヨルゴスさんにメッセージだけして公園を離れようとしたら、誰かと目が合う。おおお! 去年ここで会ったディナッシュさんだ。実はさっき、この公園に来たよ!とメッセージしたのだけれど、既読にならないしたぶん見てないな、と諦めかけていたのだ。


ニコシアの中心街までひとりで歩いていく。このあたりはもう地図を見なくても大体わかる。公園から中心街まではフィリピン人が多いエリアになっていて、聞こえてくる言葉はほぼタガログ語。今日の映画祭は16時から始まるらしいから、それまで歩き回ってひたすら猫を探す。わたしが本当に会いたい猫はここにいないのはわかっているけど、猫は猫。ところがなかなか見つからない。犬とか、鳩とか。とにかく動物の動画を撮ってみる。あ、いた、猫だ! いったん見つかると、そこから数珠つなぎのように猫が見つかる。彼らがどんなところで昼寝してしているかもわかるようになる。ひたすらiPhoneで動画を撮る。どんな状態でいれば町の中で撮影ができるのかもなんとなくわかってくる。自分がカメラそのものになるような感覚を初めて味わう。


映画祭、今日の1本目は『Smithereens』という1982年の映画で、ニューヨークの退廃的な若者たちを描いた物語。Wikipediaを後で調べたところ、インディーズ映画として初めてカンヌのパルムドールにノミネートされた作品らしい。当時としては斬新な描き方だったのかもしれないし、テーマ自体は、例えばトー横に集まる若者たちの寄るべなさにも繋がるんだろうけど、あまりにも自己破滅的な主人公に魅力や畏怖を感じるのは自分にはもう難しいようにも思われた。
 
2本目は『A Strange Path』というブラジルの映画で、リスボンに住んでいる映画監督の主人公が、映画祭のためにブラジルを訪れるけど帰りの飛行機がキャンセルになり、スマホも盗難され、にっちもさっちもいかない中でずいぶん前に疎遠になっていたブラジル在住の父親に会いにいくのだけれど、実は……という話。時代設定はコロナ禍まっただ中で、当時の理不尽さがこの不条理な物語を脚色している。父親が変人の場合のつらさを知る人間には響く作品だと思う。

観た後に外で休憩してたら、昨日「あなたのその靴いいね!」と話しかけてくれたスタッフの人に、もう投票した?と訊かれる。どうやら各作品を観た直後にQRコードで読み取って5段階の点数をつける仕組みらしい。迷ったけど4点にした。この4を基準にしてみる。

ビールは本来3.5€なんだけど、カードは使えなくて、現金払いになる。お釣りを切らしていたらしく、「50セント持ってない? それが俺の人生を助けてくれるんだけど」とおっちゃん。ごめんね、ないんです、と小銭入れを見せると、3€にしてくれる。次の休憩時間にもやはりお釣りがなかったから、今回は4€払いますよ、と提案しても、いやいいんだ、3€で!とおっちゃんは頑として受け付けない。
 
フードのほうは今日はファラフェルのプレート巻きにチャレンジ。昨日はチキンサラダボウルにしたんですけど、どっちもめちゃ美味しいです、と伝えると、この近くに店があるからよかったらランチに来てくれ、メニューもずっと多いから、とチラシをくれる。


さて3本目は『78 Days』というセルビアの映画で……

【!以下ネタバレを含みます!】


1999年のNATOによるコソボ空爆時に撮られていたある三姉妹家族のホームビデオを編集したもの……かと思いきや、エンドロールで、あれっ……てなる。そして監督が登壇してのアフタートークで、当時のホームビデオを模した作りにしてるけど実はすべて台本をもとに子役が演技してたのだとわかり、驚愕する。チェスでどうしても勝ちたくてずるをしたり、お母さんに散髪されて泣いたり、近所の子供たちと喧嘩したり、姉妹喧嘩をして仲直りしたり、そしてその他愛ない日常がいつも空爆によって脅かされている……という描写はあまりにもリアルだった。「BOO NATO」と抗議デモをする場面もあり、その政治的判断についてはどう思うのかという質疑応答もあったし(この質問については、他の観客たちは露骨にため息をつくなどして冷淡にも見えた)、描写の仕方についてはいろんな意見があるだろうけど、わたしとしては、ホームビデオの退屈さをこれほど絶妙にうまく用いるのは稀有なことだと感じたので、もちろん5点で投票した。質疑応答で監督のEmilija Gašićが、「(当時の)ホームビデオはとにかくたくさん撮られるけど、さほど観られることがない。(コソボ空爆のように)忘れられて顧みられることがないことにも通じている」みたいなことを(わたしの拙い理解では)言っていたのも印象的だった。


【ネタバレ終わり】



今夜はもう一本映画があったけど、さすがに3本立て続けに観て疲れたので、帰宅するヨルゴスさんたちの車に便乗して帰る。滞在している事務所のゴミ出しを手伝っていると、猫たちの姿が見える。ひとりになってから、その猫たちを撮る。最初は、いったいお前は何者だ、何をしているんだ、と猫たちに不審に思われていたフシもあるし、そもそも人じゃなくて動物なら無断で撮っていいのかという倫理的な問題も、とりわけ猫や犬といった知能を持つ哺乳類については感じるのだけども、その倫理的な審判は後で受けるとして、今はできるだけ彼らと一緒に居る状態になって撮っていく。犬の散歩をしているおじさんが通りがかる。猫たちと一緒に、おじさんと犬に挨拶する。ヤーサス、カリスペーラ……

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