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藤原ちからの欧州滞在記2024 Day 41

木曜日。アフリカ系衣服の工房を訪ねる。萌さんは家で休んでてもいいと思ってたけど、目を輝かせて、行ってみたいと言うので、それなら!と3人で。工房はシェアスタジオになっていて、彼、アリさんは、月極めで間借りしているインディペンデントの縫い子らしい。ガンビアからボートに乗ってきたんだ、テネリフェ(カナリア諸島のサンタ・クルス・デ・テネリフェ)経由でね、それからマドリード、バルセロナ、いろいろ行って、このビルバオにたどり着いたというわけさ、ああ、ここはいいところだよ……と彼の来し方を教えてくれる。あのガンビア人マスターのバルのことは知らないそうだから、今度ぜひ一緒に行きましょう、と場所を知らせる。

サンフランシスコ通りを歩いていく時に、まさにそのガンビア人マスター(彼の名前もアリさん)と遭遇して、一緒に歩きながら話す。こういう時に、地元の人と親しそうな様子を路上の人たちに目一杯見せつけておくのも手だよ、と教える。こういうひとつひとつのことを口うるさいと思われたとしても伝えていくしかない、とわたしは思ってしまっている。例えば今からインタビューを受けるけど、先にあくびとかするといいよ、頭に酸素も入るし、顎の緊張が緩むから、不安そうな表情を見せないで済む、自分は異国の町を歩く時はわざとふてぶてしくあくびしたりする……。

あくびをし、Azkuna Zentroaコミュニケーション担当のジョンさんに取材をしてもらってInstagram用の映像撮影。それから芸術監督のフェルナンドとラケルとランチミーティング。昨日のスリ事件のことはすでに伝わっていて、心配してくれるというか、心から寄り添ってくれている感じがありがたい。萌さんが懸命に喋ろうとする言葉にもちゃんと耳を傾けてくれる。ご飯は魚のスープ、トマトサラダ、サーモン、タコなど。たっぷりゆっくり雑談をして、「演劇クエスト」についての現在の進捗状況も共有できた。
 
マリーナが一緒に警察に行ってくれる。盗まれた物が戻ってくる可能性は限りなく低いけど、保険の適用のために証明書が必要だし、まだこの町にしばらくいる以上、泣き寝入りしない姿勢を持っておくことは大事に思えたので、お願いすることにした。おそらく警察があまり好きではないマリーナにお願いすることになってしまうけど、彼女なら、差別や偏見をむやみに増長させることなく警察に必要なことだけを伝えてくれるような気もした。萌さんが、事件の顛末を英語でマリーナに説明しながら語気を強める。英語で怒る、あるいは感情を英語に乗せるという経験は大事なのかもしれない。わたしの場合は今は亡きフィリピンの友人とひたすら会話する日々の中で、英語と感情を結びつけていく術を学んだような気がする。

サンフランシスコの電子部品ショップをいくつか訪ねてみる。盗まれたやつが売られてたりして、と萌さんがぼそりと言う。もしもそうだったらさてどうしてやろうかな、と内心考えたけど実際にそんなことはなく、いくつかの店の相場をじっくり吟味して、比較的良さそうなモバイルバッテリーを彼女は購入する。
 
夜はまたAzkuna Zentroaに戻って観劇。萌さんは律儀なところがあって、さっそく歩きながらあくびしている。その効果なのかはわからないけど、腕の振り方や肩の開き方も全然違っていて、古い例えで恐縮だけど、横山やすしみたいに肩をいからせて歩いている。町のいろいろも見えやすくなったのか、あるいはそういう気持ちやテンションになったのか、みちみち目についたものを報告してくれる。

Pablo Viar演出の『Confines』はフランス語とスペイン語での上演で(字幕はスペイン語とバスク語)、セリフの理解はほとんどお手上げではあるものの、年配のふたりの俳優のゆっくりした語り口は魅力的で、もうちょいスペイン語ができたらぐんと理解度が増しそうなのにな……いっそビルバオに半年とか一年とか住んでみたいな、と夢想する。劇場を去ろうとしたところで実里さんが歓声をあげる。クリスティーナさんだ。去年実里さんが親しくしていてちょっとお世話にもなったけど連絡先がわからなくなっていたのだ。
 
サンフランシスコ地区に帰り、ピンチョスのバルでマッシュルームを食べる。萌さんはここで疲れたから帰りますと言うので家に送り届けて(そういうのを早めに言ってくれるようになったのも嬉しい)、わたしと実里さんはガンビアバル、そしてエヴァの店へとハシゴしてお別れの挨拶。お別れっていうてもまた7月に戻ってくるやん、と実里さんは言うけれど、わたしとしてはかなりビルバオに愛着が芽生えていて、名残惜しい気持ちを抑えられない。エヴァが、このチャコリは私のおごりよ、と振る舞ってくれる。お馴染みの常連客たちに、また7月にね!とハグして別れる。

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