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2024欧州滞在記 Day 8

土曜日。少年が凧をもらいに訪ねてくる。このUrban Gorillasの事務所は今やカイマクリ地区の子供たちに大人気のホットスポットになっている。アラビア語が彼の言語だとわかり、Google音声翻訳で会話を試みる。少年の名前はカーラン。今あげられる凧はひとつだけで、あとは糸が絡まっていて無理だから、月曜か火曜にまた来てよ、と言うも、兄弟にもあげたいからもっと凧ちょうだい、となかなか譲らない。なんとか説得したら、今度は、自転車でどうやって凧を持ち帰ったらいいかボクわからない、と言う。たしかにカゴもないし危ないかもしれない。車体にくくりつけてあげると、今度は、どうやってほどいたらいいかボクわからない、と言う。やれやれ、なんて甘えん坊なんだ! 家はそんなに遠くないらしいから、3分待って、と言って着替えて、家まで送っていくことに。でもちょっと歩いたところでカーランは凧を持って自転車に乗る感覚を彼なりにつかんだらしく、あとは自分で行ける、バイバーイ、と去っていく。

昼寝しようとしたら、階下でドンドンとドアを叩いてベルを鳴らす音、そして子供たちの声。カーランが友だちを連れて戻ってきたのか、あるいは別の子供たちかわからないけど、収集つかないことが目に見えてるし、居留守を決め込むことに。ごめんよ。また週明けに会おうぜ。


午後3時頃から、ミカさんファミリーの車で、アヤナパのほうで開催されるワークショップへと向かう。娘さんとは去年一度会ってるとはいえほぼ初対面みたいなものだけど、いきなり日本語で「飴、食べる?」と話しかけてくれて、『すずめの戸締まり』の話や、海岸でイルカの骨を拾った話など。娘さんは日本語とギリシャ語のスイッチを驚くべきスムーズさでやってのけるのだけれど、さらに驚いたことに、ミカさんちは夫婦ではイタリア語、母娘は日本語、父娘はギリシャ語で会話しているのだった。

高速道路を走る車の中で、ミカさんに、キプロスに逃れてきたシリアからの難民について訊く。娘さんの同級生にも難民の子供たちが増えているらしく、カイマクリ地区では生徒の半数近くがシリアからの子供たちとのこと。シリアかどうかはまだ訊いてないけど中東から最近来たのであろうカーラン少年は、これからこのキプロスでどんなふうに生きていくんだろうか。ニコシアのカイマクリ地区は彼にとって、温かい場所であり続けることができるんだろうか。

去年ここに来た時点では、キプロスで「演劇クエスト」をやるとしたらギリシャ語とトルコ語が必須だと考えていた。でも、もしもこの子供たちにも何かを届けるとしたら、アラビア語も必要になるのではないか。誰に何を届けたいかということと、どんな言語を用いるかということは、強く結びついている。新潟の人たちがワークショップで作った凧が、こうして難民の子供たちのささやかな日常の支えになっていることを思うと、わたしもささやかでいいから何か彼らの日常を豊かにしたり、忘れがたい(いつか思い出す)体験を届けたい気持ちになる。


アヤナパ地区に到着。去年、ヨルゴスさんやヴェロニカさんたちと数日間を過ごした海の近くだ。この海から、わたしのキプロスとの邂逅は始まったようなものだった。

まずはミカさんたちの友人アンドレアスさんの家に行って美味しいベリー(名前忘れた、美味しい!)をいただいてから、小麦粉工場へ。レニアさんによるワークショップは、小麦粉をこねながらみずからの記憶や精神状態を探っていくというアートセラピーで、みなさんわたしに配慮してくださってか、英語を話す人は英語で、そうでない場合はレニアさんが通訳してくれた。瞑想みたいな不思議な時間を過ごし、小麦粉をこねながら、自分が今何を気にしているかが見えてくる。今日は東京都現代美術館で「筆談会」が行われていて、遠く離れたここにいながらわたしはそのことを考えていた。わたしは小麦粉で「洞窟」を作り、その話をみなさんとシェアする。ワークショップが終わってからは小麦粉工場のミュージアムを案内していただく。創始者であるおばあちゃんの腕の筋肉は凄かったとのこと。この重い石臼を、筋肉隆々のおばあちゃんがひとりで回している姿を想像する。


アンドレアスさんの家に戻り、娘たちの遊びに混ぜてもらったり、ペットの蛇(!)のコレクションを見せてもらった後、いい感じのピザ屋でディナー。このあたりは観光地になっていてキラキラしたホテルや高級そうなレストランが並んでいるけど、この店は場末感が漂っていていい感じだし、ピザもかなり美味しい🍕。それから子供たちにはお留守番してもらってバーに移動し、パワフルなデュオによる音楽ライブを聴きながらキプロスワインを飲む(アンドレアスさんの奢り🍷)。デンさんと音楽やサッカーの話をする。彼はサッカーへの造詣が深く、ローマに長く住んでいたのになぜかインテル・ミラノのファンで、その理由は……この話は長くなるからここでは割愛しよう。

夜の海に、波が打ち寄せている。夏場は観光客で埋め尽くされるというこの地域一帯は、アンドレアスさんやデンさんが子供の頃はひたすら畑だったらしい。主に芋を栽培していたとか。そのかつての光景を想像することは難しい。その光景は彼らの記憶の中にしかなく、娘たちにその景色が受け継がれることはないだろう。

猫が歩いている。もちろんここにも猫がいる。人間ひとりひとりがそうであるように、一匹とて同じ猫はいない。

車の中でまどろむ。どんな夢を見たかは覚えていない。もう死んでしまった友人と鬼ごっこをしていたような気もする。カイマクリの家にたどり着いたのは、深夜2時半頃だった。

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