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#02 「喫茶室まつもと」。そこは赤坂の誰もが肩書を外し、ホッと一息つける場所。

住宅地が広がり、落ち着いた雰囲気が佇む赤坂7丁目。この地で50年近く営業し続ける「喫茶室まつもと」には日々いろんな人たちが出入りする。
取材中にお店にいらっしゃったのは、花柳界でトップまで上り詰めたというIさん。

松本さん:「Iさん、もしよかったらそちらへ座って〜。赤坂を盛り上げようと、こちらのお嬢さんが取材をしてくれているの。」
Iさん:「ゆっくりおしゃべりしたいところなんだけど、出かけなきゃいけないの。赤坂を可愛がってあげてください。いいところなんですよ。変わらずにお店を開いてくれている松本さんにはありがたいと思って暮らしています。赤坂のことをどうぞよろしくお願いします。」

ここは誰もがほっとする赤坂ローカルを感じられる場所。赤坂を愛する人たちが自然と集まる場所。
近所にある赤坂の中華の名店で働く女将も毎朝コーヒーを一杯飲みにくる。

マスターの松本さんは現在71歳。喫茶室まつもとがある住居で生まれ育ち、赤坂の街とともに人生の時間を刻んできた。赤坂のあちこちで無邪気に遊んでいた幼少期から、実家で喫茶店を開き、今に至るまでのストーリーを語っていただいた。

ホットコーヒー 600円

僕たちはたまたまこの赤坂のいいところに生まれてきちゃった。

うちの親父はサラリーマン。おふくろもずっとパートに入ってた。貧乏な家庭で、三男坊の私は継ぎの当たったお下がりのジャンパーを着て学校に行ってたね。
でもよそから来た人はみんな金持ちなんですよ。政治家とか、役者さんのお妾さんの子どもが結構いた。当時はお妾さんなんか知らなかったから、「あいつんちのおふくろさん、俺たちのおふくろよりずっと若いよね」とか、「あいつんち、お父さんいないのになんでいい格好してるんだろう」みたいな話を仲間内でしてたけどね。

昔赤坂には銭湯がいくつもあって、家に風呂のないガキは決まってたから、「今日はここに行こうぜ!」って風呂仲間と集まるのが楽しかった。
この近くだと、青山一丁目駅の青葉公園の脇に松の湯、弘法(こうぼう)湯、乃木の湯。一ツ木のど真ん中には金春湯。ミカドの隣には尾登美(おとみ)湯。尾登美湯は岩風呂であっついんだ。

一ツ木通りにあった金春湯。今も金春ビルとして残っている(1階はドラックストア)。
伝説のキャバレー「ミカド」の脇にあったという尾登美湯。
現在はDaiwa赤坂ビルとなっている。

力道山が経営したリキマンションでの夏の風物詩

生まれて間もない頃には力道山っていうプロレス界のすごい人が赤坂にいた。彼が経営していた「リキマンション」っていうのもすぐ近くにあって(現在もリキマンションは赤坂7丁目にある)。そこには真ん中にプールがあったの。
毎年夏にプール開きをする前に、「おーい、ガキおいで!」って呼ばれ、デッキブラシで掃除しに行く。そしたらコカ・コーラを飲ませてくれた。
初めて飲んだ時は「こんな薬臭いの、みんなよく飲むな」と思ってたけど、だんだんとそれがたまらなくなり、毎年プール開きが楽しみだった。
リキマンションに住む外人の奥さんや娘さんは、プール上がりに、でっかい帽子かぶって、サングラスして、水着で平気で外を歩いてたんだよ。それが夏になると日常だった。

リキマンションのトレンドマークは屋上部分に書いてある大きな「R」
by Kakuyodo

実家で麻雀屋を始めてすぐ、電動卓ブームに直面

18歳の時にこの建物が古くなって建て替えなきゃいけなくなった。そのタイミングで、1階のこのスペースに5卓の麻雀台を置いて、おふくろが一人で麻雀屋を始めた。でも、それからまもなく世の中に電動卓が広まってしまってね。手動だと上手い人はズルができてしまうから、お客さんはみんな電動卓のあるお店に行ってしまった。
電動卓は1台だいたい200万円くらいしたんですよ。5卓だと1000万円。取り替えようにも、そんなお金はどこにもなかった。

その当時私は25歳。サラリーマンを5年くらいやっていた。営業で数字を稼いでも、その数字は私のものではなく、会社のもの。たくさん売り上げても、上がっていく給料のパーセンテージは事務の女性と同じ。それじゃ物足りないなぁと思っていたんだよね。

船の漕ぎ手の一人じゃなくて、全部自分で決める船長さんになりたい。
商売をやりたい。
何も持っていないけど、喫茶店なら自分でもできそう。

ということで、「ここ俺に貸して、喫茶店をやらせてもらえないか」って家族に話したら、「お前がやりたいんんだったら、いいよ」と言ってもらって。
その年に結婚して、女房と二人で「喫茶室まつもと」を始めた。

芸者さん、有名人、ヤクザ、みんな肩書きを外してコーヒーを飲みに来た。

時代が良かったから、たくさんお客さんが来てくれて、やればやるほど面白かった。というのもいろんなお客さんが来る。

たとえば、赤坂や銀座、六本木で働く水商売のお姉さん方。
毎日15時過ぎになると、すぐそこの美容室にヘアセットをしに来る。
そこで誰か一人が「まつもとさんからコーヒーとって〜」なんか電話して、コーヒーを届けにいくと、「私も私も!」みたいに、次から次に注文が入り、届けて、もうてんやわんや。

今は保健所が厳しいからそんなこと許してくれないけど、美容室で蕎麦や寿司を食ったり、コーヒーを飲んだりしてたんだよ。

楽しそうに語ってくださる松本さん

ジャイアント馬場さん(元プロレスラー)なんか散々来てくれて、ここでお茶を飲みながらみんなで馬鹿話をしてたよ。力道山の奥様も来てくれた。
普通は見たり、聞いたりできない話が、ここでは聞ける。偉そうな気分になってしまうよね。

小指のないヤクザの人たちだって通ってた。喫茶店は純粋にみんな肩書を外してお茶を飲みに来る場所だからね。

今どき珍しいサイフォンでコーヒーを淹れる

赤坂の楽しくて、面白い自分の陣地を、守っていく。

銀座や日本橋でやっていたらサラリーマンばっかりだったかもしれない。
でも赤坂の街がこうだから、みんな赤坂に住んでいるから、赤坂で誰かと会う用事があるから、お店に来てくれた。

だから赤坂ってすごいところだと認識してますよ。赤坂でやるから、芸能人の話も、スポーツ選手の話も、ヤクザの話も、世界を飛び回る人の話も聞ける。

今朝もサンフランシスコに出張で行ってきたお客さんが「マスター面白い動画見せてあげる!」と言って、無人タクシーに乗った動画を見せてくれた。未来の乗り物かと思ってたものが現実になってて、びっくり!

僕はそこでコーヒーを立てて、サンドイッチを作って売ってるだけ。

今では赤坂もビルがどんどん上に伸びちゃって、時代が変わってきたと言っちゃえばそれでおしまいなんだけど。少なくても自分の陣地だけは守ろうと思ってる。自分の陣地は、楽しいし、面白い。

でも、赤坂は変わりゆく場所。それに抗っていても何も始まらない。
赤坂で個人でやってる喫茶店もずいぶん減ってしまって、喫茶店は世の中の流れから置いていかれちゃう部類なのかもしれない。
だからこそ、新しいビルができるんだったら、一緒になって「ああしましょう、こうしましょう!」って未来へ向かっていきたいよね。

【店舗情報】
喫茶室まつもと
住所:東京都港区赤坂7-5-32
(乃木坂駅から徒歩7分、赤坂駅から徒歩9分、青山一丁目駅から徒歩10分)
営業時間:8時〜17時(最近は15時まで)
定休日:日・祝日
電話番号:03-3583-7762

編集後記

赤坂駅から乃木坂・青山一丁目方面に向かっていくと、だんだんと静けさとともに落ち着いた雰囲気が佇んでいる。そこには低層の住宅の中に、個人経営のお店が点在する。
特に喫茶室まつもとがある通りには、最近までタバコ屋さんもあり、「赤坂ってみんなが想像しているよりローカルだよ」って伝えたくなる風景がある。
いざ扉を開けてお店に入ると、心が包まれるような温かい空気がそこにはある。いつも変わらず温かく迎え入れてくれる松本さんがいて、赤坂で暮らす人たち、働く人たちが、日常を共有する。
喫茶室まつもとは、赤坂での暮らしをより彩ってくれる「まちのリビング」だ。
松本さんは誰よりも、赤坂の街がもともと具えていた多様性・包摂性を大切にし、そしてそれらを楽しんでこられた。「僕はコーヒーを立てて、サンドイッチを作って売ってるだけ」と、さらっとかっこいい発言をされていたが、話しに行きたくなる、会いに行きたくなる、松本さんの人間性がこのお店の一番の魅力だと思えてならない。

ほっこりするものが店内のあちらこちらに。

撮影:Shota
取材・執筆:山内翠(ドリー)


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