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雨月の使者 唐十郎の思い出

思い出といっても個人的に知り合いだったわけではなく芝居も観たことはない
訃報を聞いてほんとうにささやかな個人的な記憶が呼び覚まされというだけである
確か1980年代にNHK教育テレビで夢野久作の特集をしたときにゲストで中井英夫と唐十郎が出演していた
中井英夫は三大奇書の一つ虚無への供物の作者という縁で出ていたのだと思う
中井英夫が唐十郎にあなたは戦前だったら満州で馬賊か何をやっていたのでしょうとリップサービス的なことをいったのを憶えている
(馬賊といえば唐の息子の大鶴義丹は湾岸馬賊というタイトルの素っ頓狂な小説を書いているらしい)
それに対して唐十郎がどういうリアクションをしたのかは憶えていない
唐十郎は夢野久作は右翼であるといっていた
これは今から思うとあたりまえなのだが夢野久作は1960年代に左翼によって再評価されたので、なんとなく右翼のイメージがなく意外だった

上のサイトによれば唐十郎は自分の芝居のアンケートに足立正生から唐十郎よあなたは夢野久作に出会うべきだと書かれのがきっかけで夢野久作に興味を持つようになったらしい

唐十郎が佐川君からの手紙で芥川賞を受賞したときは小説もつまらなかったし芥川賞も終わったなあと思った
そもそもすでに著名だった唐十郎に新人賞を与えるのはおかしいと思った

唐十郎で一番印象的だったのはNHKドラマの雨月の使者である
演出は三枝健起なので厳密には三枝健起の作品といえるのかもしれないが当時は唐十郎の作品として見ていた
これはほんとうによかった
主題歌は中島みゆきが歌っていた
ただ若かった頃の感性で見てよかったのであって今見たら???の可能性もあるが…

このドラマには唐十郎の友人の柄谷行人が講師の役で出演している
柄谷はある種の動物の間で偶発的にコミュニケーションが成立してしまうことがあるがそのような境界の欠如は彼らを不安にさせるというようなことを話している
有森也実と杉本哲太は柄谷の話を一切聴かず有森は好き勝手に私語をしている
柄谷は私語をしている有森也実に「きみたち騒々しいぞ 騒々しい人間とのあいだには言語ゲームが成立しない」といって注意する 
すると次の瞬間、柄谷は有森に吸いさしのタバコをくわえさせられてしまう
柄谷は一瞬、失語してしまうがこのときのくわえ方があまりにもぎこちなくて笑ってしまう
柄谷は終始一貫してどこを見ているのかわからないがこのときだけ有森の方に視線を向けて即座に講義に戻っていく
つまり柄谷行人は外部他者である有森也実に対して命がけの飛躍をしたのである
黙ってタバコをくわえるという行為によって
これはフカヨミしようと思えばいくらでもフカヨミできそうである
タバコは乳児にとっての乳首であって人間の本源的な受動性を表しているとか
そしてその受動性は一瞬で隠蔽され忘却されるとか
事実、柄谷は有森也実が吸っていたタバコをなにごともなかったかのような表情をして吸いつづけるのである
柄谷が言語ゲームやウィトゲンシュタインの話をするのは案外アドリブではなくよくよく考えられたものだったのかもしれない

上記のポストによれば唐は柄谷の探究Ⅰを読んで雨月の使者の脚本を書いたらしい
探究を読んでからこのドラマを見返せば新たな発見があるかもしれない

このドラマは某動画サイトにアップロードした人がいて今のところ見ることができる




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