#2 かわいい女/チェーホフ

チェーホフ / 小笠原豊樹 訳「かわいい女」(新潮文庫『かわいい女・犬を連れた奥さん』収録)

この物語は、裕福な家庭に生まれたオーレンカの愛情について描いている。

オーレンカはいつでもだれかしらを愛さずには生きていかれない女だった。以前には自分の父親を愛していたが、その父親は今病身で、暗い部屋の肘掛け椅子に坐り苦しそうに息をしている。いつかは叔母さんを愛していたこともあるが、このひとはブリャンスクから年に二度ぐらい出てくるだけだった。それより以前、短期女学校で勉強していた頃は、フランス語の先生を愛していたこともある。オーレンカはおとなしくて気立てのいい、情にもろい娘で、穏やかなやさしい瞳をもち、たいそう健康だった。

ここで語られている中だけでもすでに彼女は、3人に愛情を向けている。そしてこれから更に4人に愛情を向けることになる。彼女の愛情はとても清々しく、そして見返りを求めていない。相手に染まっていく自分がかわいいことも分かっている。そして、去ってしまった人のことを引きずらない。趣味趣向すらリセットされるのだ!遊園地の経営者兼、演出家のクーキンに愛情を抱いていたときはあんなに演劇論を語っていたのに、彼が死んで、次に愛情の矛先が向いたプストワーロフと一緒になれば、「仕事が忙しくて、つまらぬ暇つぶしをする余裕はありませんもの。あんな芝居なんて、どこがいいんでしょう」とか平気で言っちゃう。この発言はまさに彼女自身の興味関心を持つ対象は何かモノではなく、人なのだということが現れている。

かつて(片)想いを寄せていた獣医のスミルニンが妻と息子サーシェンカを連れてこの街に帰ってくる。この物語で最後に愛情を抱くのは自分と血も繋がっていない幼い子供、サーシェンカだ。「サーシェンカアアア!」と平気で通りを歩く年頃の男の子を呼び止めたりするから、はっきり言ってサーシェンカには少し鬱陶しがられているがそんなことはどうでもいい。やっぱりオーレンカはかわいいのだ。不器用ながらもまっすぐに人に愛情を持って接するかわいい女なのだ。

(ラザニア)