#7 愛し合う二人に代わって/マイリー・メロイ

マイリー・メロイ / 村上春樹 訳「愛し合う二人に代わって」(中公文庫 村上春樹 編訳『恋しくて』収録)


村上春樹が選んで訳した十編の短編小説と自身が書き下ろした一編「恋するザムザ」を加えた短編集。貴重な村上春樹の直筆サインが入っている単行本も持っている。やや自慢だ。その中から最初の一編を。

内気だか自分の目標は明確に持っていていつも冷静なウィリアムと一見派手に見られがちなブライディーは高校の同級生で、ウィリアムは密かに彼女のことを想っているが内気なだけに言い出せない。もう早く告白しちゃえよ、と私は思ってしまうが、その一言で良くも悪くも関係が変わってしまうこと、まぁ悪くなってしまうことへの恐れと怯えが彼をストップさせてしまう。幼なじみとは書かれていないが、親とも仲の良い描写もあり、ブライディーの弁護士である父がその二人に代理結婚を打診する。

この制度には驚いた。その土地で結婚できないカップルに変わって代理人が結婚を誓い、婚姻届を役所に提出する。男が戦地へ行ってしまい、結婚できないカップルのためにある制度のようである。背景には9.11があり、戦地に赴かざるを得ない状況が描かれている。この代理結婚を二人は挙げることになる。はじめはウィリアムも全く知らない人の代理とはいえ、好きな人との結婚にドキドキしていたが、何度も挙げているうちにドキドキにもなれてくる。

やがて二人は別々の土地の大学へ行き、ときどきブライディーの父に頼まれて代理結婚を挙げることはあったが、さらに時間が経過して連絡を取らなくなっていった。そのあいだにブライディーは結婚し、離婚をしていた。久しぶりに二人は代理結婚を挙げ、ブライディーはついにウィリアムの気持ちを知ることになる。

なんだ! いまどきこんなストレートな恋愛小説があるもんなのか! ラストもちゃんと二人が結ばれるのだった。嬉しくなった。普通、小説として読まれるものは、不倫や浮気、叶わぬ恋、相手の死などが書かれることが多い。普通のうまくいく恋愛など読んでもおもしろくないのだ。しかし、本編はおもしろかった。9.11という社会的政治的異常と代理結婚という普通ならざる設定が、恋愛が成就してもおもしろいという逆転現象を生んでいるのではないか。平常運転の社会では異常な愛でないと楽しめないのかもしれないが、異常な社会では恋愛がうまくいったほうがおもしろい小説になるのかもしれない。

村上春樹のそれらしい文体も久々に堪能した。なかでもぐっときた箇所を。

「もし互いに注ぐ愛情が等量でありえないのなら、愛する量が多い方に私はなりたい」。オーデンの一節だ。ウィリアムは学校で鼻持ちならないテナー歌手のために、その詩に曲をつけたことがあった。しかしオーデンにいったい何がわかっていただろう? 汚い室内履きでどたどたと歩き回り、ティーカップを吸い殻で一杯にしていたような男に。オーデンは生まれつき、誰かに愛されるよりは、誰かをより多くするようにできていた。なればこそ、相手を熱望することを立派な気高いことに見せかけようとしたのだ。ウィリアムは長年の経験から、それがこじつけであることを知っていた。人間の頭脳の役割は、苦しみを合理化することなのだ。

ウィリアムは片思いの長さからこのように吐露をする。この段落がラストに響いて後の味のよい一編だった。37ページで心地よい恋愛に浸れる。荒んだ社会には美しい恋愛小説を。

(大虎)