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《神殿ごっこ》映像部分とそこにあたるテキスト
◯新小平駅の説明 新小平駅は、東京都小平市にある小さな駅。府中本町駅から武蔵野線で8分、立川駅からは15分の場所にある。大きな道路に面しており、駅前にはロータリーがある。ロータリーにはタクシーが数台止まっていて、流れは穏やか。 ◯冒頭 駅の前で話す二人。店の前を車が通っている。電車の通過する音。 ライオン「ここら辺に来るのは初めて?」 パンダ「近くを通ることはあったけど、駅まで来たのは初めてかも」 ライオン「そうなんだ。私は昔ここらへん住んでたから懐かしいな」 パンダ「ふうん。地元まで連れて来て、今日は何をするつもりなの?」 ライオン「今説明しようとしてたんだけど」 パンダ「ごめんね」 ライオン「うん。説明始めちゃうから黙って聞いててね」 ライオン「今日は私のお父さんを探そうと思ってる。お父さんは小さい群れのリーダーで、私はその中で育てられた。でも、私が小さい頃に若いオスライオンが他からやってきて、争いに負けたお父さんは群れから追い出されてしまった。オスのライオンは一つの群れにずっとはいられないから、珍しいことではないのだけれどね。でも、最近連絡があって」 ライオン「生きてるのは良かったんだけど、住んでる場所を尋ねても最寄り駅しか教えてくれなかったの。」 新小平駅の映像。改札が開く。 ライオン「今日はお父さんを一緒に探してもらおうと思って、あなたを呼んだ」 パンダ「お父さんに会いたいんだね」 ライオン「多分会えないと思うけどね」 パンダ「なんで」 ライオン「お父さんが群れのリーダーだったから。ライオンのリーダー争いっていうのはとても激しくて、負けた方は命を奪われるか、命が助かっても致命傷を負うことになる。それで今も元気に生きてるっていうのは、変な感じするよ。普通だったら生きてちゃダメなんだ」 パンダ「でも、さっき、連絡があったって言ってたじゃん」 ライオン「だから、多分って付けたんだよ。多分会えない。会えたとしても、正しい会い方では、ないと思うから。」 パンダ「じゃあ、なにがしたいんだよ」 踏切の警報が鳴る。 ◯捜索1 パンダのナレーション 結論から言ってしまえば、彼女は父親を見つけることができた。かつてサバンナで離れ離れになった親子は新小平駅から数分歩いた閑静な住宅街で再会を果たした。ただしその再会は、彼女が事前に言っていたように、正しいと言えるようなものでは無かった。人と人が出会うこと自体に正しさという尺度を当てはめるのは間違っているのかもしれない。ただ、私個人としては、あの日の再会には立ち会いたくなかった。 パンダ「お父さんってどういう人だったんだっけ」 ライオン「小さい頃だからよく覚えてないけど、口数が少ない人だったかも」 パンダ「あなたとはあんまり似てないんだね」 ライオン「ううん。むしろ似てたと思うよ。でも群れのリーダーっていう立場があったからね」 パンダ「気を張ってなきゃいけなかったのかな」 ライオン「向いてなかったのに、機会に恵まれちゃったんだよ多分」 ライオン「あ、戦艦だ。ちょっと見えた」 パンダ「お前って市営の団地を戦艦って呼んでるの?」 ライオン「ごめん、懐かしくて。小さい頃にね、こうやって建物とか人を別の何か、大きいものに置き換えて、想像して遊んでたんだ。見立て遊びっていうのかな」 パンダ「何それ。おままごととかヒーローごっこみたいなこと?」 ライオン「近いかも。私は神殿ごっこって呼んでたけど」 パンダ「なんか怖いね」 ライオン「そんなことないよ」 ライオン「元々はお父さんが教えてくれたんだよね。私がよく迷子になるからって、家までの道順を覚えるためにお父さんが作ってくれたんだ」 パンダ「それがなんで神殿ごっこって名前になるの」 ライオン「私が帰らなきゃ行けない家が神殿だったから。特徴のない一軒家も神殿に見立てればちゃんと覚えてられる。市営の団地も、買い手のいない空き地も、戦艦とか草原って呼んで、そうやって家に帰るまでの道に目印を付けて、幼い私は家に帰れるようになったの」 パンダ「やさしい遊びだね」 ライオン「うん。今になっても時々使ってる。道を覚えるの苦手なんだよ」 パンダ「お父さんもそうだったのかもね」 ライオン「うん。だから今日も、もしかしたら、昔の家に帰ってるんじゃないかって思ってる」 パンダ「神殿ごっこでってこと?」 ライオン「うん。お父さんが今どんな状態か分からないけど、そういう、道標みたいなものって案外強いと思ってるんだ。特に私とお父さんがやってたのは、あえて強い言葉を使ってたから」 パンダ「神殿、戦艦、草原。」 ライオン「神殿、戦艦、草原、月面、三途の川。忘れないように強い言葉を選んでたんだと思う。当時の私には意味までは理解できてなかったけど」 パンダ「理解できてなかったけど、覚えてるんだね」 ライオン「そう。だからあの団地が戦艦だって、つい口に出ちゃったんだよ」 ◯解説 ライオンのナレーション 神殿ごっこのきっかけは、いつもお父さんだった。例えばある日。お父さんが夕暮れで薄黒くなった団地を見て、戦艦みたいだと呟いた。団地の棟のつらなりが影に落ちることで、一つの船のように見えるんだ、と。その黒いかたまりが、後ろにある畑の水平線に浮かんでいるように見えるのんだ、と。そうやって話す父の横顔は真剣で、いつも少しだけ怖かった。 父はその見立て遊びを私との帰り道によくやっていた。家の近くの駐車場や、畑、小さな公園、そんなどこにでもあるような風景を父はとても気に入っていた。私が父のそれを不気味に思っていたのは、それらの風景の前で話す時、父は私と目を合わさないから。うわごとのように話し続ける父の姿を見なくてもよくなったのは、見立て遊びが一つの終わりを迎えたからだった。 父が話を始めるのはいつも家に近い場所で、日を追うごとに家に近づいていった。ある夕方、父は当時住んでいた家のインターホンで話を始めた。 ・インターホンの呼び鈴が鳴る音 「ここは神殿だ。自分と自分以外のものを繋げるための場所。ここは私と、私と家族の為の神殿なんだ。ここさえあれば、どこからでも帰って来れる。どこへだって行ける。」 ・インターホンの呼び鈴が鳴る音 その一週間後に父は群れのリーダーの位置を若いライオンに奪われ、行方不明になった。私は父がいなくなった後に、父と一緒にやった、あの見立て遊びを「神殿ごっこ」と名付けた。 ◯捜索2 パンダ「じゃあこれは何なの?」 ライオン「それは木でしょ。街路樹っていうの、イチョウの」 パンダ「これは別の名前ついてないんだ」 ライオン「全部に付いてる訳じゃないよ。木なんて目印になんないし」 パンダ「でもさっき、電柱にクジラって言ってたじゃん。あれは目印になるの?」 ライオン「あの電柱は他のと比べて太いから。あと色も沈んでて、ポスターとかも貼られてない、あとあと、一部だけ白くすれてる。」 パンダ「それがなんでクジラに見えるわけ」 ライオン「見えないんだね」 パンダ「私は見えないけど」 パンダのナレーション 私たちは15分ほど歩いた。神殿までの道のりを、目印に沿って歩いた。 父親は以前の家に帰っている筈だという予感は、その工程を踏むことでより強くなり、予感よりも確信に似ていく。道標が持つ強さというのを自分たちで体験したからかもしれない。 ライオン「もうすぐ着くよ」 パンダ「家、意外と駅から遠かった」 ライオン「自転車で送ってもらってた気もする。すごく小さかった頃」 ライオン「あれ、あそこの三軒目の家」 パンダ「全然神殿って感じじゃないねこれは」 ライオン「そうなんだろうねー、もう私分かんないんだよね。小さかった頃に思っちゃったから、もう神殿じゃなかった時を思い出せない」 パンダ「さっきもこんな感じの家あったけどなあ」 ライオン「黙れ、入るよ」 インターホンの呼び鈴が鳴る音 パンダのナレーション 父と子供の再会は思っていたよりも簡単な出来事だった。私たちは何回か呼び鈴を鳴らしたが応答はなく、ドアノブをひねると扉は簡単に開いたので、中に入った。中に入るとダイニングに繋がる廊下があり、部屋には四人用くらいの大きさの机と、斜めに設置された薄型のテレビ、ペット用の小さな檻、日付けにチェックマークがされたカレンダーがあった。その他にも家具はあったが、特に覚えていない。部屋の奥には窓があり、彼女の父親はその前に立っていた。呼びかけても反応は無い。まるで今もサバンナで夕日を浴びているかのように、遠くを見つめているだけの、一匹のライオンだった。 ◯ghost 父親は喋らない。ずっと窓の外を見ている。何かを話すように口元は動いているが、空気が出たり入ったりしているだけで、発音はいつまでもされない。窓の外には裏手にある長細い畑があるが、父親にそれが見えているかは分からない。 父親が既に死んでいることは分かっていた。家に帰ってきていることも途中で気づいた。家までの道があまりにもあの頃のままだったから。 パンダ「どういうこと?」 ライオン「だって普通、少しは変わってる筈でしょう。公園の遊具とか、電柱とか、空き家とか、なくなっててもおかしくないものばかりだったのに」 パンダ「全部あったんだね」 ライオン「全部あったの。だからお父さんも帰って来てるって思った。」 道標はいつのまにか道そのものになっていた。 目印はそれ自体で独立して、一つの形になっていた。 神殿に見えていた私たちの家は、私たちの神殿になっていた。 ◯逆走 カレンダーについたチェックマークは、父がこの家に帰ってきてから付け始めたもののようだった。コンビニのアルバイトをしている時に付けていた、トイレの清掃表を思い出した。二週間分、17個のチェックマークが付いている。父は、もう二週間もああして窓の外を見ているのだろうか。 動かない父親を見ていると、自分が父親に会い、何をしたかったのか忘れそうになる。 ・ パンダ「じゃあ、何がしたいんだよ」 ライオン「何って」 パンダ「お父さんに会うだけなの?会ったらなんかしたいことあるでしょ。話すだけでもいいけど、食事したりとか、あなた免許持ってるんだから、ドライブだとか」 ライオン「考えてなかった」 パンダ「今考えてみて」 ライオン「うん」 ライオン「そうだな。久しぶりに、一緒に帰りたいかな。昔の家じゃなくて、今私が住んでる家に。お父さんにとっては、帰るっていうのは変かもしれないけど」 パンダ「あなたの家なんだから変じゃないでしょ。家族がいる場所が帰る場所だよ」 ライオン「そうなのかな」 ・ 父親にとっては、この家こそが帰ってくる場所だったのだろう。家族がいる場所ではなくて、自分がかつて居た場所に帰って行った父親の行動は、とても自然なことのように思えた。自分をとどめておける場所を、過去からしか用意できないのは、父親がもう生きていないからだろう。それは自然なことだから、悲しくなかった。お父さんがこの家からはもう動けないことと、自分たちは安全に帰れるということをほぼ同時に理解したので、カレンダーの今日の日付に丸をつけた後、家を出た。路地を出て、大通りを抜けて、街から発つ。 パンダ「神殿ごっこって逆走したらどうなるの?」 ライオン「家からはとりあえず出れるよね」 パンダ「そのあとは決まってないんだ」 ライオン「勝手に作ればどこかには行けるだろうけど。やりたい?」 パンダ「お前が勝手にやってろよ」 ◯終演 パンダ「着いた。今日思ったより暑かったわ」 ライオン「早く涼しくならないかな。もう疲れちゃった」 パンダ「そういえば、その傷どうしたの?いつの間に付いたんだろう」 ライオン「なんのこと」 パンダ「途中走ったし、どっか引っかけちゃったのかな、大丈夫?」 ライオン「大丈夫だけど。傷ってどこのこと言ってるの?」 パンダ「知らない間にできてたよね、さっき気づいたんだけど」 ライオン「傷なんてある?どこに」 パンダ「傷っていうか、しるし、みたいな?同じ間隔で付いてるからそう見えるのかもしれないけど」 ライオン「それは傷じゃないね」 パンダ「チェックマークみたいなのがついてて、時々長い線が引かれてる。それの繰り返しって感じなんだよね」 ライオン「日付はあるの?何かに似ている?」 パンダ「日付は見えない。全体が大きいから、私に見えてないだけかもしれない」 ライオン「そもそも見えるものじゃないと思う。私たちの後ろにあるから」 パンダ「そうか」 ライオン「うん」 パンダ「黄色っぽい壁みたいな」 ライオン「うん」