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見たいものを見られることの幸福と自由と…。

今回は、夏らしくて詩情たっぷりの美しい絵本をご紹介します。
この本は声にのせて読むと、まるで詩の朗読をしているかのような、自己陶酔感に浸れる(笑)から、是非やってみてください(もちろん!子どもたちにも読み聞かせを…)。

 まずは、冒頭の文章をご紹介しましょう。

「あたたかい、かぐわしい 夏のゆうべ。 空にはお月さま。星が二つ三つ。そのひかりに、丘のはらっぱは、いちめん 青じろい銀のシーツをひろげたみたいでした。」

どうです。いいでしょう?「かぐわしい」なんて言葉、幼児にわかるのか…ってお思いになるでしょうが、子どもって意味がわからない言葉が実は大好きだったりするんですよー。(矢川澄子さんの訳がほんとうに素晴らしいんですねー)

子どもの方が、言葉に対する勘がするどい。
美しい言葉、優しい言葉かどうかは一瞬にして判断してしまう。
 この絵本を読み聞かせると子どもたちは、うっとりとした目をします。

ホントだよ。 

挿画がまたイイ!(と、膝を打つ)
片山健さんの画風は、(たぶん)好き嫌いがあると思うんだけど(「コッコさん」シリーズは「生理的にダメ」という声も聞いたことがある。私は大好きですけどね~)、この「むぎばたけ」に関しては…ただ一言。
絶品です。
アリソン・アトリーの文章に片山健さんの絵がこんなにピッタリくるなんて…よい意味で、裏切られた感じがします。

「むぎばたけ」アリソン・アトリー/作 片山健/絵 矢川澄子/訳 福音館 


 さてさて、内容ですが…。

「旅人」に憧れているハリネズミくんが「旅人のうた」というのを口ずさみながら夜の散歩に出かけます。
森で悩ましげにさえずるナイチンゲールの声を聞き、背中のハリにさわやかな夜風をうけながら…まさに夏の夜を楽しんでいるハリネズミくん。

実はこのハリネズミくんには本当の目的があって…。
それは「ムギののびるところをみる」ためなのです。

お月夜のたびに少しずつのびるムギばたけのムギを見ることが最高にステキなことだと思っているのよ。
ハリネズミくん、キミは詩人だねえ…。 

 途中の小道から人間の走らせるトラックのヘッドライトを見て「世界中を照らす月のランプがあるっていうのに、ギラギラした明かりをつけて、けたたましく自動車を走らせて…まったく人間には、草の葉のそよぎも聞き取れないし、白い蛾のむらがる花の香りだってわかりっこないな」
なんてことを考えてしまう、ますます詩人ライクなハリネズミくん。


 散歩の途中に出くわした年寄りウサギのジャックや川ネズミくんと一緒に、むぎばたけへの道を楽しみながら進んでゆきます。

ジャックじいさんは、草地で出会った若いウサギを見て、むかしは月夜になると飛び跳ねたくて仕方のなかった自分を回顧してしんみりするし、一面のむぎばたけを前に川ネズミは、ムギの穂が一斉にゆれる音は川のさざなみのささやきと一緒なんだってことを発見して感動するし、この音を聞くだけでいい…歌みたいだ、とハリネズミは息をのみます。

自然の奏でる壮大な子守歌に耳を傾けた3匹は満ち足りた時を過ごし、胸いっぱいにムギの香りを吸い込んで帰途につくのです。

帰宅後、「生きているムギ」と「生きている自分」を重ね合わせて、生を実感するハリネズミくん。 


 この絵本は、一言で言ってしまうと「ハリネズミたちが麦畑を見に行って帰るまでのおはなし」なんだけど、一冊の詩集のように味わい深くて美しい。
大自然の中でのそれぞれの役割、また、他者の命を食して生きている自分…なんてことにまで私は思いが及んでしまいました。

実に、すそ野の広い絵本です。 
 全編を通して文章は清流のごとくよどみなく、誠実です。

これを読んだあなたはきっと、ハリネズミくんたちの自然観に心動かされ、 
そしてきっと、麦ばたけが無性に見たくなるでしょう(私がそうでした(笑))。


 これからの雨の季節に向けて…
絵本「むぎばたけ」で、しばし清涼感を楽しんでくださいね。 


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