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意思決定能力として記憶力は必要か

はじめに

成年後見事務において意思決定支援を原則とするガイドラインが、昨年10月に策定・公表された。

ガイドラインの内容は先進的といえるが、前のめりな部分もいくつか見られ、それゆえ現実に運用するにあたっては様々な課題がある(と、個人的に考えている)。

一方、運用以前の根本的な問題として、そもそも意思決定に必要な能力は何かという問題がある。
従前の(特に医学界における)議論と、当該ガイドラインにおける定義に若干のずれが見られる。具体的には記憶力の要否である。

なお、以下は認知症高齢者を前提とした議論であることに留意いただきたい。

医学界における通説としての4要素

現在の医学界においては、意思決定能力は
 (1) 情報の理解
 (2) 状況の認識
 (3) 論理的思考
 (4) 選択の表明
の4要素からなるとする考え方が主流である。
(成本迅、藤田卓仙、小賀野晶一編『公私で支える高齢者の地域生活 第2巻 認知症と医療』(勁草書房、2018年)P38〔加藤佑佳〕)
このうち、(2)の「状況の認識」は当該事象を自分自身のこととして捉えられているか、といった意味合いである。
つまり、この4要素基準において、当人の記憶力は直接的には問題とされていない。

この4要素基準はもともと医療同意能力を図るものであったことに留意する必要はあるが、他分野の意思決定能力判定においてもこの基準は支持されている。
例えば「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」などでもこの基準が採用されている(ガイドラインIII-2(P4))。

後見ガイドラインにおける4要素

一方、「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」では、意思決定能力を構成する4要素を
 (1) 情報の理解
 (2) 記憶の保持
 (3) 比較検討
 (4) 意思の表現
としている(ガイドライン第2-2)。

このうち、(1)(3)(4)は先ほどの医学界通説とほぼ同じなのに対し、大きく異なるのが(2)の部分、つまり記憶力の要否である。
記憶力が要素とされるのは従前の各種意思決定支援ガイドラインの流れと異なるものであり、一部で物議を醸している。

イギリスMCAの規定

後見ガイドラインにおいて記憶力が意思決定能力の要素とされたのは、イギリスの意思決定支援法(MCA)の規定を踏襲したからとも言われている。

確かにMCA第3条第1項では、意思決定ができない場合として「情報を保持することができない」とされており、記憶力は意思決定能力の要素であると読める。

しかし一方、同条第3項では「意思決定に関連する情報を短期間しか保持できないという事実をもって、人は意思決定ができないとはみなされない」とされている。
意思決定に必要な情報の性質によって考慮されるべきであり、必ずしも記憶力を要するとはされていないのである(MCA行動指針4.20でこの点につき注意を促している)。

記憶力を要素とすることにつき、説明が必要

後見ガイドラインにおいて、どのような経緯で「記憶力」が要素とされたのか、詳細は知らない。対象行為が法律行為であるという特性が加味された可能性もあるが、医学的知見が無視されたというのであれば問題である。

いずれにせよ、ガイドラインにおける「記憶力」の位置づけについて、制定WGが詳細に説明する必要があろう。

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