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飢餓海峡巡礼、天売、焼尻。2023/6/29

間のわるいことに月末のスマホ、ギガ切れをおこしていた。Wi-Fiのない市中を駆け抜けながら京急蒲田最寄、で思い当たるのはあそこしかない。
伝説のネカフェ、いちご。
羽田で働いていたひと昔前からその名は耳にしていた。
「B番(23時上がり)翌C番(9時出勤)だと野方まで帰っても風呂屋いったら寝る間ないから蒲田のネカフェ泊まってる」「えー、いちご?」「いちごじゃないよぉ、京急蒲田のゲラゲラだよぉ」。
いちごは宿なし最後の砦である。
蒲田の街中にいくつかあるコインロッカー。おっちゃんらは日雇いの仕事先に出向いている間そこに「身の回り品」を預けておく。帰ってきたらそこから荷物を引き出して、泊りに行く。それがいちごだ。1時間100円は当時からそのままと記憶している。

ゲラゲラは京急蒲田の再開発のロータリーの下に消えた。当時JR蒲田東口にはネットルームマンボーもあったがいまはない。
ネカフェ、あぶれるときはあぶれる。これは経験上よくしっている。今日のように全体的にフライトの到着が遅くなっているとなれば、危機感しかない。下手をすればネットで押さえられるホテルのほうが機内からの予約で先に品切れだ。ネカフェは原則、店に先についた順だからまだ見込がある。
西口のほかのネカフェを回っている間にアウトになるくらいならいちご。

https://goo.gl/maps/rknKbcNYHL5sijs16

エレベータで4階へあがると、巨漢の男子(30前後だろうか)が受付をしていた。フラットの席はこれが最後だったようで。
まんが席とネット席があるが、ここはネット席。食事のオーダーやシャワーはない。「Are you OK?」というような口ぶりでひととおり説明したあと、「これが10階女子専用トイレのカギ」と渡された。
「女子専用トイレ以外でなんかあってもしらんぞ」ということなのだろう。
「ワカリマシター」と席番号の示す9階へ。

ブース内の注意事項貼紙、むしろガイジン客なら読めなくてよいのかも、とすら思う。
京急蒲田止まりの車中、第3ターミナルから乗車してきたバックパッカーのカップルを思い出す。英語が通じる日本人乗客相手に「これから宿までいきたいのだが?」「ホテルはどちら」「池袋」「この列車は蒲田止まりだ。そこから先はちょっとわからない」。
たいして困ったそぶりもみせてなかったが、あのあと京急蒲田から池袋までタクシーをとばしたものだろうか。知らずしていちごに泊まることなく、よかったんだかわるかったんだかなんともいえぬ。

ギガ切れだからWi-Fiにつなぎたかったが、受け取った席番表にWi-Fiのパスの記載がない。ブースのなかにもなく。
「ネット席」だからひとまずPCを立ち上げてみるも、クロームすら重くて開けない。エッジならどうかと試すも同じく。どうやらそういうことをする場所じゃないんだ、と理解する。なるほど、まんが席ならコミックは読めるのだろう。
エアコンはきっちり効いているのが、やけどに近い日焼けの身としては救われる。日中の労働、体内に暑熱の溜まった同宿人の希望もそこだろう。
手持ちの小説を読みだす。東京を出る間際にあわてて図書館で借りた3巻組のそれはあまりのくだらなさに、1巻だけを読みさしにしたまんまだった。読まずに返却するつもりだったが、ほかに時間をつぶすすべを持たない。
おのれを「オレ」呼びしている女性主人公が、おさななじみのタメ年男性にモーションをかけてくる別の女性にバリアはってくる。ふたりが結婚するという結末をチラ見せしつつ、陳述の時系列をいじって小説として成り立たせたいらしいが、いやそれはないだろうという居心地のわるさがどこまでもつきまとう。
こんなことでもなければ、けして読み通さなかっただろう。これも経験か。

蒲田駅、京浜東北線北行の始発は4時22分。これに乗るならいちごでの滞在時間は最小の4時間で済む。しかし高輪ゲートウェイからの山越え、東京に降り立ったときのもわっとした熱気を思うと気乗りしない。
2本あと、4時53分発であれば田町に5時7分。三田駅発都営三田線の下り始発が5時17分発だから、気合いをいれて田町から三田まで駆ければこれで白金高輪までいける。ギガ切れのスマホの画面をじっと待ちながら得た結論。そしていちごは滞在が1時間延長してもプラス100円で済むのだ。

5時間分の精算をして4時45分、いちごをでる。まだ夜明けというのに、すでに熱を帯びた空気が全身を包む。旅をしている間に、東京は真夏になっていた。出勤の顔をしたひとびとで京浜東北線の席はひとわたり埋まっている。

1日延びた早朝の帰宅。自宅のゲストハウスの隣人たちを起こさぬよう、扉にそっと手をかける。次の旅の予感がひたひたと寄せてきた。いつ?どこ?誰もしらないそれにいまから心躍らせている。

〈完〉



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