話をしよう。 とても、とても悲しいお話を。 あるいは、疑心と信頼と後悔とのお話を。 メロスは激怒した。 必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した。 メロスには政治がわからぬ。 メロスは、村の牧人である。 笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。 けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。 きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此このシラクスの市にやって来た。 メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気
こんばんは。今日もお疲れ様です。
それは、ごくごく最近、令和時代のお話。 あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでおりました。 お爺さんは、定年を迎え、お婆さんは専業主婦。今年から年金生活の始まりです。 幸い、これまでの貯金もあり、それと年金を合わせれば、あと10数年は暮らせそうです。 しかし、逆を言うと、このままであれば、自分たちが死ぬまでに使いきれそうにありません。 残念なことに、二人には子供や、甥や姪はおらず、遺産を渡す相手がおりません。 というか、本当を言うと、相続税すらもったいな
ただただ、歌を歌っていた。 のどがかれるまで、前を向けなくなるまで。 その日もいつもと同じように、人通りの多い大通りの隅。僕のライブの定位置で、歌を歌っていた。 何度も聞きなおし、ギターも指の皮が固くなるまで練習し、声が出なくなるまで歌い続けて練習した歌。 僕の、好きな歌たちを。 僕は、一言一言丁寧に歌い上げる。一音一音心を込めて演奏してゆく。 今はちょうど、仕事が終わる時間。 ほとんどの社員が帰宅や食事の場へ行くために、この大通りを使う。 見渡す限りの、人人人。 当然な
【1章・5/話】 「僕が召喚された理由?」 「うん、そうだよ。 俺は君をある目的のために召喚したんだ。」 …白の番人さんと蛇は目的なんてない的なこと言ってた気がするんだけどな。 っていうか僕召喚されてたんだ。 「でも、まずは詫びさせてくれ。 我々の都合で君をこの世界に無理やり連れてきてしまってすまなかった」 テオは僕に向かって頭を下げる。 「や、やめてください! 連絡する手段はなかったわけですし… 僕にも未練とか不思議なほどないんですよ。 だから安心してくだ
目を開くと、そこには見たことのない天井があった。 一定のリズムを刻む機械音と、鼻腔をくすぐる薬の匂い。 緩やかな風に揺らぐ白いカーテン、窓から差す暖かな日光。 どうやら、病室のようだ。 僕は死んでいないのだろうか。 確かめるために右手を動かす。 ちゃんと動いた。そんな感覚があった。確かに右手を左右に振った感覚が。 だが、実際見て確認すると、腕を振るどころか、小指一本たりとも動いていなかった。 動かしている感覚はあるのに、動いていない。 まるで、自分の
【1章・4/話】 「さあ、向かいましょう!」 少年は、迷路のような道をすたすた、と迷いなく進んでゆく。 薄々気づいていたが、ご主人とやらはかなりのお金持ちらしい。道の脇には高価そうな花瓶や額が飾られている。 そもそも、なぜ僕はあのベッドで寝ていてたのだろうか。あの光にたどり着いた後、ここに住んでいる人にたまたま見つけられて、つれてこられたのか?全く記憶がない。 「つきましたよ」 着いたのは、大きな扉の前。 「さあ、入りましょうか。」 物物しい扉を開くと、そこには、
【1章・3/話】 「誰かいませんかー?」 発した声は闇へと吸い込まれてゆく。 「どうしよう…」 蛇が去ってから早数分。 僕は行くあてもなく、フラフラと闇の中を歩いていた。 闇はどれだけ進んでも闇で、何も無かった。 「誰かー!」 僕は腹から声を出す。 誰かにこの声が届くように、遠くまで聞こえるように。 「なんダ?あるじ」 「ぅえ⁈」 後方から少女の声が聞こえる。 「もしかして、またお困りカ?」 振り返る、が。そこには誰もいない。 「だ、誰ですか?」 「ごめんナ
【1章・2/話】 奴は黒から抜け出すようにぬるりと這い出してきた。 縄のような長く太い体に、闇の中にいてなお存在を認知させるほどの深い黒の鱗。そして、三日月のように金色に輝く鋭い眼。 僕はこの存在が白の番人さんが言っていた奴であると直感した。 奴とは、蛇であった。 蛇は動きが止まってしまっている僕の目を見て告げる。 『初メマシテダナ。新妻冬輝』 「へ、へ、蛇が喋った⁈」 僕は驚きで声が裏返る。さらには、腰が抜け、尻餅をついた。 『ス、スマナイ 驚ロカセルツモリハ
【1章・1/話】 『…い。…おい。おい! いい加減に起きろ!』 「ひぃぃぃ」 怒鳴り声に驚き、変な声が漏れる。 座っていた椅子からずり落ちて、腰を床に勢いよくぶつけた。 「いたたた…」 『おいおい、なにしてんだ』 目の前に手が差し伸べられる。 「あ、ありがとうございます」 僕は手を取り立ち上がる。 『ああ、まあ、座りなおせ』 「は、はい」 僕は言われた通り椅子に座り直す。 (…あれ? ここどこだ?) 部屋を見渡す。その部屋は全てが白かった。扉や窓はなく、出入
【0-プロローグ。・3/3話】 「さぶ…」 僕は身震いを1つすると、月山先生にもらったココアの缶を両手で握りしめる。 事件のせいで終業式が長引き、その上月山先生に呼び止められていたのだ。 時間も時間で、日も傾きかけており、寒さに拍車をかけていた。 「確か今日はスーパーの特売日だったような…」 鞄の内ポケットを探り、スーパーのチラシを取り出す。 「あ、今日タイムセールやってる」 チラシには『3時〜4時・タイムセール!』と、大きな字で印刷されていた。 (4時までか…い
【0-プロローグ・2/3話】 「失礼します」 コンコン、とプレートに『生徒指導室』と書いてある扉をノックする。 すると、ガチャリと扉が開き、中から月山先生が顔を出した。 「お、来たか。 入れ」 「失礼します」 部屋は、綺麗に整頓されており、机の上には白い花々が花瓶にいけられていた。 「そこに座ってくれるかな」 一人がけのソファーを勧められ、僕は黒い皮で作られたそれに体をあずける。 それを確認するると、月山先生は、僕と向き合うことのできるソファーに腰を落ち着けた
【0-プロローグ・1/3話】 「黙祷」 2学期の終業式。冬休みの一日前。 最近頭が寂しくなってきた教頭の野太い声で、少しざわついていた体育館に静寂が訪れた。 隣ではこの前まで隣ではなかった女子が泣いている。 僕は泣けないし、泣けたとしても、その資格はない。あってはいけないのだ。 (自分に力が、些細なものでも、あの状況を変えることのできる力があったなら。) そんな、あるはずもない妄想で、言い訳を作る自分が許せないほど情けなく、恥ずかしかった。 最近のニュースは
神様というものはどうやら残酷で。 いつも僕に悪戯を仕掛けては、空の上で嘲笑うように雨を降らせる。 いつだってそうだった。 僕は一番になれなかった。 テストも、スポーツも、ゲームも、趣味も。 どうやら、彼女の中の1番にもなれなかったようだ。 我ながらひどい言われようだった。 「何もあそこまで言うことないのになぁ…」 傘もささず、街灯の下でたたずむ僕を、雨は強かに打ち付ける。 ふと、一区画先の家から男女が出てくるのが見えた。 男が傘を差し、女の肩を抱いて自
卒業式当日。悲喜こもごも、混じり合う教室。あの子は、冷酷な表情をした──仮面を被っている。元々は、無邪気な可愛い子だったと記憶している。 冷たい細い腕。顔に生気は無かったように思う。涙を浮かべる余裕すら、無かっただろう。とにかく、僕の手の中で凍えた腕は細かった。その記憶だけが残酷に、僕の脳味噌を切り刻んでいた。 僕があの子から、代わる代わる繰り出される表情を奪った。その事実に耐えきれず、現実から目を逸らす。大丈夫。時間が僕を赦してくれる。そう信じるよりなかった。
静寂。決して「無音」と同義ではない。言わずもがな、「騒音」にもなり得ない。一つ一つの細かな音が、更に「静寂」たるを響かせる。それは言うなれば、一寸のズレもない平らなグリーン上を、最適な速度でカップめがけてボールを転がすようなものなのだろうか。「騒音」間では雑音の一端でしかない音音が、「静寂」に綺麗に溶け込んでしまうのだ。 開け放たれた窓から覗くのは、永続的な空。今見えている青さは、永遠に続かないことを、私は知っている。しかし、文字通り世界を見下ろす澄んだ空は、私を吸い込んで