見出し画像

2016年を忘れるな!

相模原の事件について

 2016年に神奈川県相模原市やまゆり園で起きた障害者殺傷事件は、障害者にとって許しがたい事件です。過去では1972年に神奈川県川﨑市で女児が母親によって殺されたという事件がありました。障害を持つ女児の将来を悲観して殺したと母親が自供したのです。

殺した母親に同情が集まり、全国の障害者・児の父母の会が減刑嘆願運動をしていました。

なぜ障害者・児の父母の会がそういう運動をしたのかを考えると、やはり障害者・児が家族の中に入れば、邪魔になったり、不幸を感じるからなのです。

障害者・児のためにと言いながら本当は家族を守るために入れているのです。死んでいた女児の気持ちなんて思わないで死んだ方が、良かったんじゃないかと言っていた人達もいました。障害者・児は家族の都合で生死を左右されているのです。

 やまゆり園殺傷事件の容疑者は元職員でした。どうして元職員がそんな事件をしたんだろうか?日常的に障害者と付き合っていたはずなのに!テレビでは現役の施設の職員が出て、綺麗ごとを言っていたのです。でも現実は違うのです。施設に入っている障害者は「先生に怒られる」と言っていたのです。もう特別支援学校の生徒じゃないのに。先生とはだれなのか?それは介護をしてもらっている職員なのです。職員は健常者です。

職員は怖い存在、健常者も怖い存在なのです。知的に障害があっても本能的に、健常者は怖い存在だと分かるのです。どんなことをされても身体とか知的に障害があれば何かあっても反撃が出来ないのです。障害者の基本的な気持ちは、自分より健常者の方が優れていると思っています。健常者は障害者を自分より劣っていると思っているのです。

相模原市の事件の容疑者は、重度障害者を「家族を不幸にする」と言っていたのです。

「役に立たない」とも言っていたのです。被害者の家族は「この子は私達の宝だった」と言っていたのです。「この子がいたから幸せだった」と言っていたのです。死んでからそんなことを言われても何の意味もないのです。だったら施設にどうして入れたのだろう?自分の家で暮らしたかっただろうに。自分の部屋でゆっくり眠りたかっただろう!

事件のあと被害者の障害者の名前を公表しなかったのは、親達が名前を言わないでくれと言ったので公表しなかったのです。この子は私達の宝だと言った親達が周囲の誹謗・中傷を言われては困るので名前を隠していたのです。日本社会は障害者と障害者を産んだ人たちも差別しているのです。


 この事件は日本社会が障害者をどのように捉えているかを極端に表したと思います。


                                   

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?