リアル・ゴールデンカムイ『クマにあったらどうするか』

姉崎等、片山竜峰『クマにあったらどうするか』、筑摩書房、2014年。
※原著は2002年、木楽社。

自然の知恵

この本は片山さんというアイヌ方々の話を本にする仕事をしている人が、アイヌの猟師である姉崎さんに話を聞いたという構図になっています。

姉崎さんは当時から「幻の人」と言われていました。アイヌの伝統的なクマ猟を本職とする最後の人物です。彼のクマについての知識は学者も頼りにするものでした。

姉崎さんはクマを追いながら山を知り、道を覚えました。そして姉崎さんの歩く道は、他のハンターも怖くて歩けないようなルートになっていったのです。
姉崎さんの「もっとも、そのことを考えながら後を追って歩かないと教わったことにはならないんだけど(16頁)」という言葉は、我々にも通じる部分があります。

他にもさまざまなサバイバル術が書かれています。多くは我々が普段使えるものではないですが、5分で小屋を作る方法など、興味のある人には面白いと思います。

印象に残っているのは、冬に川に落ちたとき、絶対に長靴の水を捨ててはいけないというものです。水を抜いてしまうとすぐに凍って凍傷になってしまうので、歩き難くても「足が重い軽いの理屈でなく、生きようという信念でやる(83頁)」そうです。
他には、夜に火を炊くときはあえて薄着で過ごす。そうすると火が弱くなったら気がつくからです。厚着だと寒くて目が覚めた時には火が消えていて風邪を引いてしまうのです。このような現代の我々にはない発想を知ることができるのも、この本の面白さです。

クマの恐怖

なんと言ってもこの本の醍醐味はクマとの熱いバトルです。本格的にクマの話が出てくるのは5章の「クマにあったらどうするか」からです。
クマは基本的に人を襲うものではないと言います。人間を怖いと思っているので自分から襲うことはないですが、餌を取られると思ったり、子供を守ろうと思って人を殺してしまい、運んだりしているうちに味を覚えてしまうのです。

 やっぱり自分が襲われるっていうことの方が彼
 らには怖いんです。人を襲うときの多くは、ク
 マの方が逆に襲われたという錯覚から襲うんで
 すから。(251頁)

そして我々は決して逃げてはいけません。数人が襲われて一人だけクマの犠牲者が出ました。それは最も足の速い人でした。クマは時速60キロで走るので逃げる事はできません。じっとクマから目を離さずに大きな声を出すのが正解だそうです。またクマは蛇が大嫌いなので、ベルトなどの長いものを振り回すのもいいようです。姉崎さんはハンターですから銃を持ちますが、丸腰の時もそうやって乗り切ったそうです。

クマの恐ろしさは凶暴性ではなく、その体の強さと根性です。撃たれて手負いになったクマが1番危険で、逃げていって少し戻り、追ってきたハンターを待ち伏せしたり、2メートルの距離まで近寄って枝などを叩いてもじっと待っていて、油断して近づいたのを襲ったりします。

 逃げる力は全くないんですよ。そうすると、生  
 きようときたら相手を倒すしかないんです。相 
 手を倒してでも生きようという、その怖さをハ
 ンターの人らは知らないで、手負いでもう動か
 ないから死んでいると安易に考えてしまう。鉄
 砲撃ちの場合は特に、自分の打った弾で死んで
 いるという先入観があって、それがまた危険な
 んですよ。(118頁)

姉崎さんが最も危険だったというクマという話は迫力がすごいです。丸々引用してしまいたいくらいですが、読みたい方は是非本書を読んでみてください。

自然から離れた私たち

色々と書いてきましたが、これらの知識を使う機会は私にも皆さんにもおそらくないでしょう。我々は自然からすっかり遠ざかってしまいました。この本はクマを通して自然というものを実感させてくれる作品です。没入感が高く、自分が山を歩いているような気になります。

本の終盤は自然保護の話になってきます。ずっと山を歩いてきたからこそわかる、自然の傷みと人間の愚かさを教えてくれます。自然保護だなんだと都会でデモをやっている人たちも、一度この本を読んで考えてみるべきだと思います。

また姉崎さんの知恵は、感覚を研ぎ澄まして自然と対峙し、命をかけているからこそのものです。私もそれだけの感覚を持って仕事をしたいものだなと思いました。

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