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加害の怯え

激しくぶつかられた拍子に後ろへ跳ね飛ばされた後頭部が、したたかに背後のポールにぶつかる。呻き声が思わずこぼれた。衝撃に揺らぐ視界のさなか、咄嗟に振り返って見やった相手——すなわち、ぶつかってきた張本人は、ひどく怯えた表情でこちらを見ていた。紛れもない怯えと焦りを残し、そして私を置き去りにして、足早に立ち去る。
怯えていた。彼は確かに怯えていた。違う、僕はそんなつもりではなかったと、口を開いたなら言い訳をしたろうか。だがそれを確かめるすべはない。
私は追いかけることを諦め、多くの人が行き交う朝の改札口で、ただ一人呆然と、遠ざかる背中を見ていた。


今朝の出来事だ。電車通勤の途中、まっすぐこちらへ突き進む人に道を譲るためポール脇へ避けたところ、数センチ横に逸れるのすら許さない相手がなおも直進してきて思い切りぶつかり、ぶつかった拍子にポールに頭をぶつけたのである。咄嗟に痛っっった、と呻き声がこぼれ、半ギレで振り返ってぶつかった相手を睨みつけたところ、なんとその男は怯えた顔で逃げ去るところではないか。逃げ去り方も絵に描いたような「お、おら知らねえ」と言わんばかりの逃げ方で、なるほどこうやってひき逃げは発生するのかと感心さえした。
あまりにも呆気にとられたのと、仮に苛立ちのまま捕まえたところで何をすればいいのかわからなかったので見送ってしまったが、やはり納得はいっていない。被害者はこっちだぞおい、なんでてめえの方が怯えてんだコラとりあえず詫びろや、とあれから脳内の相手に向けて10回は詰め寄っている。何とも陰湿なものである。
とはいえ、これも想像(シャドーボクシング)に過ぎないが、もし仮に詰め寄ったところで納得はいかなかっただろう。多分あれは加害の怯えだ。普通の人なら誰しも加害者になりたくないので、過失で相手が傷ついた時とっさに言い訳をすることは珍しくない。「ぶつかるつもりはなかった」「避けようとした」なら良い方で、「お前が避けなかったせいだ」などとこちらのせいにされる可能性も考えられる。これは予感で何の根拠もないが、多分あのタイプは謝罪しないだろう……と無理やり納得をして、見送ってしまった自分の日和見気質を慰めている最中でもある。
それにしても絵に描いたような怯え方だったな。一周回って面白くなってきたぞ。加害者になった時って人間ああいう怯え方するもんなんだな。加害者になって怯えるっていうのも面白い知見だし、本来怯えるべき被害者より怯えて責務を果たさない無責任さにはムカついているが、こういうのがあるから人間は面白いのだ。人間、おもしれ~。

やっぱ納得いかね~。

先日、怒りが持続しやすくなったと書いたことだしきちんと折り合いをつけるつもりはある。こういうことで尾を引いても仕方ない。
でもやっぱ納得いかね~!


などと朝からブツクサ書いていたが、その後もなんか知らんがやたらと人にぶつかられた。どうやら今日はそういう日らしい。最高だね。
画像は群生しすぎた野生のポピーです。