見出し画像

こげな寒い日にトコロテン食べに来るかね

柏島(かしわじま)は、宿毛湾の大月半島の先端に有る。
高知県の中でも高知龍馬空港から一番遠く、なかなかの秘境である。
豊後水道と太平洋の境であり、黒潮の流入で周囲の海は温暖であるため、1,000種類近い魚種が確認できるらしい。

島とは、海洋法に関する国際連合条約では、「自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう」と規定されている。…とあるせいか、「柏島に着いたよ」と言うと、「へ?いつ渡ったの?」と同行者に聞き直されたが、橋などで「陸続き」の島はゴマンとある。
江ノ島など、橋と島がはっきり分かれて分かりやすいが、柏島は高台から下る道路の途中に橋が有るので、気にしていないと気が付かないかもしれない。

俺は、10年ぶりの訪問だったが、何も変わっていなかった。
が、集落の道は、記憶以上に狭く、レンタカーのプリウスでは、とても入り込んで行く気にならなかったが、郵便局の軽自動車はスイスイ入って行った。
適当な所に車を置いて、人気のない集落の道を歩く。強い風が吹いていたけど、面倒臭いので、Tシャツのまま行く。
今回の目的は、10年前に食べられなかったトコロテン。

柏島のきみ

店に着いた。
ノレンが中に入っている。休みか?
痩せた猫が扉の前にいたので、頭を撫ぜると嫌だったらしく、手を噛まれた。
店の明かりが点いていたので、引き戸を開けて、猫をまたいで中に入る。
誰も居ない。
意外にも猫は入ってこない。
人の気配がない。
「ごめんくださ~い」と声をかけるが、何の反応もない。
もう一度「ごめんくださ~い」と声をかける。
耳をすませる。
何の音もしない。
はて、どうしたものか?
店内を見渡して、少し待ってみる。
「ごめんくださ~い」と声をかける。
人の気配がした。
近づいてくる。
お婆さんが何かを持って現れた。
「店やってます?」
半袖のおっさんを一瞥したお婆さんは「こげな寒い日にトコロテン食べに来るかね。」と言った。
これが京都人であれば、「帰れ!」ってことだろうが、わざわざ柏島まで来たが他に行く所がない。
食い下がることにした。
「はい。食べたいです。」
お婆さんは、充分に厚着していたが、更に上着などを着込んだ。
いよいよ半袖のおっさんが阿呆みたいになった。
「ちょっと待ってもらうよ。」と言ったので、「はい。待ちます。4人居るので、4食お願いします。」と言って外に居る同行者を呼び入れた。

店の前にいた猫

セルフサービスのお茶を飲みながら、壁に貼ってある数ある色紙などを眺めながら待った。
お婆さんは「こげな寒い日にトコロテン食べに来るかね。」とまた言った。

有名店なのだ

俺の人生において、トコロテンは1桁しか食べたことがなく、バテた夏にズルズルとトコロテンをかき込む姿はテレビの中の出来事で、トコロテンごときでは腹の足しにもならない。と思っている。
俺にとってトコロテンは夏だろうが冬だろうが関係はなく、もずくに類する前菜的メニューに過ぎない。

別のおばさんが引き戸から入ってきて、何も言わず、お婆さんのつくったトコロテンをカウンターから運んでくれた。
お手伝いなのか、単なる近所の友だちなのか分からない。

早速、トコロテンをズルズル食べた。
一瞬、ツユが濃く感じたけど、食べ進めるとちょうどよかった。

明日の客が、トコロテンを予約したので仕込んでいたけど、普通であれば仕込んでいないので、トコロテンを出せない。
飛び込みの客はこれで今年はお終いにする。
明日の客は本当に来るんかな?
と高知弁でお婆さんは言った。

念願の心太

明日の客のトコロテンが減るのか、お婆さんが減った分を今から仕込むのか分からないけど、運が良かった。

スーパーで売っているトコロテンとは月とスッポンぐらい違っていた。
なんでだろう? なんだか美味しかった。

あっという間に全員食べ終わった。
長居してもしょうがないので、「ごちそうさまでした。ありがとうございました。」とお金を払って店を出た。
外は相変わらず、強い風が吹いていた。
集落の住民が出てきたら、半袖のおっさんはおかしなおっさんにしか見えないんだろうな。と思い、流石に馬鹿みたいなかっこうだ。と思ったが、上着は車の中だ。恥を忍んで生きていくしかない。

果たして、俺は再訪することがあるだろうか?
あのお婆さんを見るのは最後になるんかな。などと考えた。

さっきの猫が黒い猫と一緒に居た

#高知県 #柏島 #ところてん

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?