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ねえ、それでも綺麗だと


ども。あまちチャンです。


なんか好きな本を無くした。

ふとした時に読みたくなって何度も目を通している本があってさ。


いつ何回読んでも同じ事しか書いてないんだけどね。それでも何故か新鮮に感じてページを捲る手がとまらんのよな。



そんなお気に入りの子が本棚に見当たらない。



困っちゃうねえ。
きっと喫茶店とか何処かに置いてきちゃったのかも。
僕が勝手に置いてきちゃっただけなのに我が子に家出された気分。

またいつか戻ってきておくれよなー。
僕はいつでもまってるからさ。
本棚はあけておくよ。




姉と会った時にたまにはおじいちゃんの所にも顔を出すようにと言われた。

おじいちゃんの家に行くのは年1回ほど。
避けているわけではない。
多少の気まずさはある。

なんで気まずいかって
会ったら絶対に「何の仕事をしてるのか」と聞かれるからだ。

きっとね。わからんけど。
急所を突かれる気分だ。

僕はどこの会社に属すわけでもなく、かと言ってフリーランスと呼べるほどたいそうな事はしていない。


たまにやりたい事をやりたいタイミングであまちチャンという名前のもとで活動している。


職業があまちチャンなんだよな。
っておじいちゃんに伝えてさ。
そっかー!なるほど!いいね!
ってなる未来が見えない。


あまちチャンっていうのは怪しくない活動だしちゃんとしてるよ!って一生懸命プレゼンをしなくちゃいけない気がして。
あまり気が乗らない。


どうやら世の中的にはどこか組織に属したりだとか名前が付いている職業に就く事が良いとされているらしい。

わかりやすく安心できるのだろう。

何者かにならなければいけないって小さい頃から刷り込まれてるんだよなー。
きっと。知らんけど。

だって将来の夢とかそーじゃない?
何かしらの職業の名前を言わなきゃいけない。
幼稚園のときだったら「プリキュア」という回答でもいい夢だねって褒めてもらえたのに。
いつの日かその答えじゃ許されなくなってさ。
難しいぜ。


久しく会ってなかった友人とご飯に行った時も。最近は何しているのかと聞かれ、活動の事を話してもあまり理解はされなかった。

それはそう。
たまにnoteに想いを綴ったり
たまにオフ会を開催してみたり
するだけの人間なんだもの。
名前の付けようがない。



僕は何者かにならなきゃなんて思わないしあまちチャンをしてるよって胸張って言いたいな。


そんないつかを夢みて今日も活動します。



人生でさ大事なのってスピードよりも方向だと思ってる。


辿り着きたい場所があっても向きを間違えれば一生着けないじゃん。
方角さえ間違えなければ先に目的地はあるし。


たまに全然違う道をダッシュして間違いに気づき引き返してまた別の道をダッシュするっていう器用な人もいるけれども。


僕は違うから。

すごくのんびりしか進めないので。
だから方向だけは間違えたくない。
目指す場所があまりにも遠く、行く先が霞んで見えなくならないように。
たまに立ち止まってまた歩き出すを繰り返そうかなと。そういう計画ですわ。
その方が僕には向いている気がする。


君はきみの進み方で。ね。



何が美しく目に映るかなんて人それぞれなので。
世間では称賛される存在じゃなくても。

ねえ、それでも綺麗だと。


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