エピソード1「ひとりぼっちのかみさま」

正午。
彼の携帯が鳴った。
「………おっと。やれやれ。また徴収だぜ」
言い方から察するに、おそらく会社だろう。
時々、休みの日でもこんな風に連絡がくる事があって、急遽休日出勤を余儀なくされる時がある。
実にお疲れ様だ。

「大変だね」
「ま、繁忙期だし仕方ねぇな」
電話を終えて、ギターをケースにしまい始めた彼に声をかける。
「稼げる時に稼ぐさ」
言って屈託なく笑う顔を、時々眩しいと思う。
多分、僕には出来ないから。
何か悔しいから言わないけど。
「あーぁ、また大して練習できなかったなぁ」
「時間ある時でもそんな真剣に練習しないじゃないか」
「何を言う、至って大真面目じゃないか」
「良く言うよ」
「うるせぇ」
言いながら玄関まで彼を見送った。
「じゃ、またな」
「またね」


部屋に戻れば僕は当然一人だ。
いつもの事なのに、どうして誰かが帰った後というのはこう空っぽな感じになるんだろう。
いつも不思議でたまらない。
自分の気持ちとかでなく、部屋自体が何故か空っぽになるのだ。

元居た場所に座って、またギターを構える。
耳慣れた音がぽつりぽつりと響いて、少しずつ少しずつ空いた部分を埋めていく。
空は薄く曇っていて、電気をつけない部屋の中は何となく輪郭がぼんやりしている気がしていた。

日曜日。
キリスト教だと、確か「安息日」とかいうやつで、神様も休みの日だ。
同じようにギター弾いてたりしたら笑えるよな、なんてくだらない事を考えながら、指は弦を弄ぶ。
そしてふと、さっきの話を思い出した。
「もし、自分が神様だったら」と。
「神様かー…聞いてますか?…今何してますか…?」
変わらず空っぽの部屋。
僕は…と言うか人は神様をどう捉えるんだろうか。
どう捉えたら正解なんだろう。
偉い人。願いを叶えてくれる人。見守る人。偶像。あとは………あ、昔…
何回か願い事をした事があったっけな。神様に。
いつだっけ?なんだっけ?
…わかんないけど確かな事は
心の底からお願いした願いは叶わなかったな。
なんとなくわかってたけどさー。

なんかさー。
こんな時ぐらいサービスしろよ。って思ったし。
こんな時くらいしか神様を思い出さない自分ってどうかと思った。

神様はどうなんだろう?
神様はどうしようもない時
一体誰に何を願うんだろう。
「神様ー。休みですよ」

諦めずに話し掛ける。

「あ、そうだ。一日くらいなら代わりますよ?神様」

表情は変えずに続けた。

「誰の願いも聞かなくて良いんでしょ?なら僕にも何とか勤まりそうです。
 いや、なんにも名に恥じるような事はしませんよ?
 聞こえてますか?
 何もしない神様ー。」

もはや偉い人に対する問いではない。

「神様はやっぱり寝るね。今まさにそう。
 なら僕も寝ますよ?
 いやーまったく親近感も有り難い神様ですね。
 おやすみなさい。
 出来る事なら夢の中でくらいはお返事を…んじゃ」


冒涜の見本があるならこの空っぽの部屋にあるんだろうな。
「しかしあれだ。
 神様は、もしかしたら僕みたいな奴がなるべきものなのかもしれない。
 今もどうせひとりぼっちでしょ?
 誰かと居る事想像も創造も出来ないし。
 まーどうでもいいけど
 そんな感じしたから」


そう呟くとモゾモゾと立ち上がりギターをそっと置いた。

サウンドホールから僅かに反響音が漏れた。
神様の仕業かどうかなんて一瞬思っただけでベッドに潜り込むと数秒もかからず僕は落ちていった。


次に目を覚ました夕方。
6:30
僕の両目と両耳は

一切の機能を失っていた。

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