エピソード6「たいせつな」
その日も、またいつかの日と同じように、僕の前には彼の姿があった。
特に何て事のない話をしながら、ギターの弦をつまびいて遊ぶ。
「練習」なんて名目はあるものの、正直大した事なんて一つもしていない。
開けた窓からやわらかく差し込む陽射しと風と、ギターの音。
それだけでいいや、と思う。
向かい側の彼は、その視線を手元に落として、指を懸命に動かしている。
まぁ、大抵は10分くらいで飽きて、煙草を吸ってのらりくらりして、それに飽きたらまた始める、って感じだけども。
楽しいんだか楽しくないんだか良くわからないけど、続いてるって事は、多分まあ楽しいんだろうな。
なんて自己完結してみる。
そんな事を考えているうちに、やっぱり彼はポケットから煙草のボックスを出して、一本引き抜いて火をつけた。
窓の外に煙を吐き出して、おもむろに口を開いた。
「それ、何?」
「ん?」
「それ」
彼の視線の先を辿ってみると、そこにはあの日の彼女に貰った物があった。
陽射しを受けて、不思議な色に光っている。
「これは…。これは宇宙の旅人の持ってた石?鉄?わかんないけどそれはそんな大昔のやつ」
説明になっていないが僕だってこれを何て言っていいかわからなかった。
考えても知らないし。
「へー。旅人のねー。おぉ!意外にズッシリくるね。
鉄…っぽいし、錆びてるけど錆じゃないっぽいね」
手のひらでポンポンと弾ませながら品定めをはじめた。
こいつは意外にこういった小物が好きなのだろうか。
「宇宙って事は隕石かな?これどうしたの?」
今日は僕が質問攻めを受けてるのが少し困った。
問うのは得意だが、答えるのはピーマンくらい苦手であって……
「公園である女の子にもらったんだよ…いや、別に変な意味はないよ?」
「…………女の子?」
「多分女の子…。人」
「……どんな人?」
「…月?…あ、いや猫?」
「ほー。名前は?」
「………え?」
「いや、名前。ってか誰?」
「…わかんない。二回しか会った事ないからさ」
「え?知り合いじゃなかったのか!?」
驚いてその宇宙の何かを落としそうになる。
「っとと…危ねー危ねー」
煙草の煙と一緒に息を吐き出しながら、彼はそれを元の場所に置く。
「名前とか、誰なのか、とかむしろ僕が知りたいくらいだよ」
手元のギターに目をやって、適当にそんな事を言ってみる。
嘘だ。
別に、名前とかどこの誰か、とか正直そんな事はどうだっていい。
彼女が彼女であるだけで、それは途方もなく綺麗な価値に思えた。
「相っ変わらず変な奴だな、お前」
「そりゃどーも」
「で、どんな人?」
「いや、だから」
「猫とか月とかワケわからんっつーの」
「月の晩に猫を抱いて公園に居たんだよ」
「何だそりゃ。おとぎ話か?」
「いやいや事実だって」
「ふぅん。あとは?」
「おんなじ、人だよ」
「おんなじ?」
「おんなじ」
「おんなじって何だよ」
「言葉通りだよ」
「全くワケがわからん」
「君にも居るでしょ、特別な人」
僕の言葉に彼は目を見開いて何か言いかけて、しかし盛大にむせて咳をした。
多分、煙草の煙を変な風に吸ったんだろう。
ひとしきり咳をして、彼はこちらを見た。
「ゲホッ、ゲホッ…お、お前、なんっ…」
「大丈夫?」
「お前っ、何、何で!!」
「別にそこまで焦る事ないと思うけどなぁ」
半ば呆れて、口をパクパクさせている彼を見つめる。
「言わないから言わなかっただけで、割と早くから気付いてたよ。
これでも付き合い長い方だろ?それに、僕、人の変化には割と敏感な方だから」
*******
物語は、ここまでで終わっています。
続きは、気が向いたら書くかもしれませんし、このままかもしれません。
また一緒にあたしと物語を織り上げてくれる人が現れたら、もしかしたらその時は。
また、会えるかな。
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