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食べるを読む

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「食べる」にまつわる書籍の読書感想文。坂ノ途中エンジニアの片山がお届けします。
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記事一覧

食べるを読む:もの食う人びと

海外旅行は苦手だけれど旅行記は好きな片山です。辺見庸の「もの食う人びと」は、世界のいろんな場所に出向き、食べることを通して世界を見るという本。というと、バラエティ番組みたいですが、ただの旅行記ではないのは、出向いた先がバングラデシュの難民キャンプ、内戦中のユーゴスラビア、チェルノブイリ、ソマリア、択捉など、といったところからもわかると思います。  戦争など大きな事件の陰にいる人々を、大上段にではなく同じ目線で、食べるという行為を通して描く。この誰でも日々やっている行為を通すと

食べるを読む:パリの料理

 2010年に亡くなったシャンソン歌手の石井好子さんの「パリ仕込みお料理ノート」を読みました。以前紹介した米原万里さんを「文章だけでよだれを出させる名文家」と書きましたが、石井さんは、料理をつくりたくなる文章が素敵です。   短いエッセイのなかで、食べたり、教わったり、つくってみた料理をいったりきたり紹介するリズムが心地よい。冬といえば鍋、と始まった話では、かきの土手鍋やうどんすきなど日本の鍋をおいしそうに描き、フランスの鍋としてチーズ・フォンデュの魅力と庶民的なブイヤベー

食べるを読む「男子厨房学入門」

 男子厨房に入らず、という言葉もあったけれど、最近では料理する男性は珍しくなく、文化も変わってきていると感じます。玉村豊男さんの「男子 厨房学入門」は1985年の本なので、当時と時代も違いますが、まだまだおもしろい。タイトルのとおり料理の入門書ではあるけれど、レシピに縛 られないのが特徴です。念のため書いておくと、普段料理をしない男が急に凝った料理をつくって後片付けせず困るということにはつながりません。 最初は、古い食パンをフレンチトーストにする、その次には包丁を使わず手でト

食べるを読む:「旅行者の朝食」

人を「生きるために食べる」タイプと、「食べるために生きる」タイプで分けるという人間観を持ち、自分は後者だというロシア語通訳で作家の米原万里さんのエッセイ。プラハで過ごした10代や通訳として政府交渉から極寒のシベリアまでの現場経験に加え、豊富な西洋古典や文化の知識をもとに食べることについて話が広がっています。文章だけでよだれを出させる名文家はたくさんいますが米原さんはそのなかでも一級。特に「シベリアの鮨」の話はよだれだけでなく涙なしにも読めません。普段の食事のありがたみがわかり

食べるを読む:「味」の探究者

 昭和天皇に40年間も仕えた秋山徳蔵の自伝「味」を読みました。天皇の料理番として、ドラマにもなっているので知っている方も多いかもしれません。大正天皇の即位の大礼での何千匹ものザリガニが脱走した話が有名ですが、国の中枢における料理を通して見た太平洋戦争や戦後、占領下の皇室や政治の様子なども知らないことばかりで読ませます。けれど、一番印象的に残ったのは、序盤、料理のための留学がまだ稀な1909年に料理を学びに秋山がひとり渡欧を強行して修行していたころの話です。誰もお手本になる人が