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温泉施設とメディア

「温泉は重要な観光資源」…よく言われます。本当によく言われます。私が温泉施設を運営していた時、町職員の方から何度もそのセリフを聞きました。実際に観光資源として扱われたかどうかはさておき笑、実は観光資源として扱いづらい部分が温泉にあることを、温泉事業者側としてもメディア側としても経験しています。特にメディア対応に関連して、その辺のことを書き残しておこうと思います。

温泉施設は純粋な観光施設ではない

日本人は温泉が大好き。温泉があるところには、その市町村の外からも人が集まります。とはいえ、温泉施設=観光施設ではありません。それは日帰り入浴(のみの)施設で顕著です。日帰り入浴施設は観光施設である前に、地域の方のためのインフラとして必要な施設なのです。コロナ禍でも銭湯は休業要請の対象にはなりませんでしたが、それも同じ理由です。公衆浴場として最も優先すべきは地域住民のために営業すること。地域外の方が観光を含めた目的で利用するのは二次的なものになります。

ほとんどの施設は「地元」と「観光」のお客さんを区別せずに受け入れていますが、入浴客のメインが地域住民の施設で観光目的での利用を促進しようとすれば、普段と違う客層の方が増えて歪みが生じます。決して地域ルールが優れているというわけではないにしても、マナーの面などであまりにも普段の雰囲気から乖離しているような”観光客”が来れば、問題視されるのは当然でしょう。

メディアの質や信頼度にもよりますが、「取材=不特定多数の方の目に触れる=いつものお客さん(常連さん)が嫌な思いをするかもしれない」と考えて「うちは観光客を相手にしていない」と取材を断る施設もあります。決してそれらはイコールではないのですが、そう思い込む方に真意を説明しようと無理しても上手くいくことはありませんので、その場合はスッと引くようにしています。

取材対応はルーティン外の作業を強いる

前の記事に書きましたが、温浴施設の事業者としてお客さんのためにできる最も大切なことは徹底した清掃です。言葉で言うのは簡単ですが、それを毎日現場で続けるのは簡単なことではありません。マンパワーが限られる小さな施設では、そんな毎日の作業だけであっという間に月日が過ぎていきます。取材対応はそんな日々にとってイレギュラーかつ時間が奪われる”余計な仕事”であり、メディアからの取材の問い合わせに快く対応しない方がいても不思議ではありません。

私が温泉施設を運営していた時も時間に追われる毎日でした。全て1人で施設を切り盛りするのは簡単なことではありません。営業開始までの数時間はひたすら清掃で、1分もその時間を無駄にしたくない。むしろ営業開始を遅らせてでも納得がいくまで(お客さんを心からお迎えできる状況を作るため)清掃したい、そんな気持ちで毎日を過ごしていました。清掃だけではなく、修理から草刈りまでやるべきことは多岐にわたります。取材のオファーは断らずに受けていましたが、そういう理由で営業時間中のお客さんが少ない時間帯か、早くても営業開始30分前からしか取材対応できませんでした。

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逆に取材側になった場合にも、営業時間中に浴室の撮影を求められることが多々ありました。撮影にあまり時間がかけられないこと、男女両方の浴室を撮影できないため歯痒い部分はあるのですが、道内の温泉施設のほとんどを個人的にお客さんとしてお邪魔しているため(予習済みのため)、それを生かしてサッと撮影します。ただ同じ短時間の撮影であれば、営業開始直前に10分程度で撮影させていただく方が嬉しいです。

メディアもいろいろ

取材のオファーも多岐にわたります。新聞・雑誌・テレビ・ラジオがメインだった昔と違って大小さまざまなウェブメディアがあり、さらに今は個人がメディア化しています。YouTuber、インスタグラマー、ブロガー…実はいろんなところから取材オファーを受けますが、相手がどんなメディアであれ事業者側にかかる負担はそれほど変わりません。個人の方でその負担を想像できなかったり、お客さんとして来ていつの間にか写真を撮っていくようなスパイ的な事をする人がいれば、一気にメディアに対する心証が悪くなります。

以前に、全国に個人ライターを抱える某ウェブメディアの取材を受けたことがありました。そこで定期的に記事を書いている友人から「取材させて欲しい」という連絡があり、快諾して楽しみにしていましたが…何とその方が来られる前の週に、そのメディアに私の施設の記事が載ったのです。取材のオファーが一切なく、私への聞き取りもなく、自己紹介もなく、入浴時に勝手に写真を撮って帰った人が、よりによってその同じサイトで記事を書いているライターでした。抗議したのは言うまでもありません。

取材者側から見た温泉施設

メディアにとって温泉施設は大事なコンテンツの一つですが、それでも取り上げるだけの理由がなければ何度も取材対象になることはありません。

その傾向は長らく取材を続けておられる主要メディアで顕著です。メディアの方とアイデア出しをしていてよく聞くのが「以前に取材したことがあるんですよね」というセリフです。事業者側にとって毎日はただの繰り返しではありませんが、大きなメディアであればあるほど、その施設に新しい情報が見つからなければ取材対象にはなりません。毎日真面目に営業しているだけでは話題にならないのです。

誤解を招く言い方かもしれませんが…飲食店なら次から次へと新店がオープンするので、それを追いかけていれば取材対象に困ることはそれほどないかもしれません。道民は新しいもの(北海道初進出なんて特にそう)にすぐ飛びつく傾向があるので、新しい飲食店は主要なコンテンツになり得ます。でも温泉施設で新店がオープンすることは非常に少なく(閉店の方が多い)、たまに経営者が変わって新しいスタートを切ったという施設があるくらいです。その事業継承にしても、ある程度のストーリー性がなければ取材対象になりません。

加えて、すべての温泉施設がメディアに載せられるレベルではないのも事実です。昨年度、公的な機関の温泉サイトを作るために4ヶ月で250軒ほどの温泉施設を取材させていただきました。数多ある施設のうちのわずか250軒ですが、運営方針・現場の状況・取材対応の仕方などを見て、全ての施設を同じフォーマットで紹介することの難しさを痛感しました。

それでももっと温泉をメディアに載せよう

個人的に事業者側もメディア側も経験していますが、私は現場にいる方々が一番だと思っています。だからこそ、思いを持って現場で毎日頑張っている方々の事をもっと知ってもらいたいと思っています。

でも、そのためには事業者はメディアのことを、メディアは事業者のことを…お互いの仕事の大変さ・必要性をもっと理解する必要があるだろうと感じています。相互理解がなければ「また面倒くさい連絡が来た」「宣伝になるのになぜ非協力的なのか」というすれ違いが生まれてしまうでしょう。うまくいけばウィンウィンの関係になれるはずなのに、すれ違いを感じるとすれば残念なことです。両者は実はお互いに補完し合う関係だからです。

おかげさまで、私が運営していた施設は毎年定期的に各メディアからの取材のオファーをいただきましたし、断ることはほぼありませんでした。紹介するだけの価値がある施設だとメディアの方が評価してくださった事に感謝していたからです。
そして、こちらもある意味で歩み寄りました。具体的には「あそこに行けば何かしらのネタが見つかる」と思っていただけるように毎年新しい仕掛けを考えたり、アンテナを張り巡らせて町内で起きている面白いことを常にネタとして用意していました。営業の最終年は毎月どこかのメディアに載るような状況でした。

事業者側にはそういった意味で「効果的な自己アピールの仕方」を考えて欲しいと思います。逆にメディア側には施設の内容や泉質などのハード面をメインに取り上げるいつものパターンを少し変えていただく場合も必要だと思っています。過去に取り上げたことがある温泉施設でも、視点を変えれば取材価値が出るはずです。「猫がいる温泉」「男湯より女湯の方が広い(=女性客が嬉しい)温泉」「夏向きの温泉」など、実はいろいろな角度から温泉を紹介できます。

事業者の方と一緒に考えて自己アピールのお手伝いができれば嬉しいですし、メディアの方と一緒に考えて視点を変えた温泉紹介の仕方ができるのも嬉しいです。どちらにしても、温泉業界を支える助けになるからです。

温泉経営者だった経験を生かし、北海道の温泉をさらに盛り上げる活動をしていきたいと思っています。サポートしていただけたら嬉しいです!