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地球のはなし 蛇の目

 3歳になった孫娘を車に乗せていたら、雨が降ってきた。なにやらつぶやいているので耳を澄ますと、アメアメフレフレ、カアサンガ、ジャノメデオムカエ…と歌っていてびっくりした。びっくりしたのは、子供の成長の早さもさることながら、もはや目にすることがむずかしくなった蛇の目が、童謡の世界では生きていたからである。

 ちょっと申し越すと、蛇の目とは紙と竹で作られている唐傘の一種で、傘の部分が蛇の目模様に塗られている上等の傘である。優美なものであった。

 実を言うと、私自身は、小学校の高学年になって都会に出るまでは、雑誌の挿絵で見るくらいで、実際に蛇の目を見たことはなかったのである。半農半漁の片田舎に住んでいた私の周りにあったのは、黄土色の実用的な番傘だけであった。だから、蛇の目については、孫と五十歩百歩だったと言えなくもない。

 こんなことがあったので、孫が歌う歌が気になり始めた。聴いていると、新しい歌に混じって、私たちが歌った古い童謡も口ずさんでいる。中には汽車のように、現代日本からはほとんど消え去ったものも登場するのだが、楽しげである。子供の頃に覚えた童謡は、決して忘れない。古い事物や気分は、そんな童謡を通して伝えられていくのかもしれないと思ったりする。

 この原稿を書いていたら、新しい番傘を初めて開くときのバリバリという音と、防水のため紙にしみこませてある、桐油の鼻を刺すにおいがよみがえってきた。
                            (2004.2.25)                                            

別府温泉地球博物館理事長の由佐悠紀が執筆し、新聞・雑誌などに掲載されたものを順次ご紹介しています。


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