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韓国映画『はちどり』のヨンジ先生

ヨンジ先生はタバコを吸っている。

学校では不良と見なされる行為であるが、ヨンジ先生は不良ではない。ウニにとって唯一信頼できる大人であり、憧れでもあった。

「先生は自分が嫌になったりしない?」

「何度もある。本当に何度も」

「自分が嫌になる時、心をのぞいてみるの。こんな心があるから自分を愛せないんだって」

タバコというアイテムは、大半が吸わなくなった現代では「心理」を表すアイテムになっている。
心を落ち着かせるために吸うもの。吸わなければいられないほど繊細で危うく、ギリギリのラインで心が揺れ動いている。寂しさやせつなさ。そんな心理状態を表すものであり、不良っぽさを見せるためのものではない。ヨンジ先生がタバコを吸っているとの設定は、人物により深みを与える演出である。公園のシーンは良いシーンだ。憧れの人と2人きり、夜の公園で語り合う。エモエモのエモである。


韓国映画『パラサイト〜半地下の家族〜』が韓国映画として、アジア映画として、外国語映画として、史上初のアカデミー賞作品賞を受賞したのが2020年のこと。

冬ソナのヨン様でおなじみの第1次韓流ブームはもう2004年頃のはなしで、BTS、TWICEを筆頭としたK-POPのヒットが2017年からの第3次ブーム。2020年、Netflixなどの動画配信サービスにて韓国ドラマ『梨泰院クラス』『愛の不時着』が大ヒット。これが第4次韓流ブームと言われている。

日本と韓国。海外から見れば「アジア」と括られ、文化や人の気質などほぼ同じだと思われているだろう。たしかに似ている部分もあるが、大きく異なる部分もあり、お互いの視点から見ればやっぱり違う国だと感じているはずだ。日本映画とも違うがハリウッド映画ほど遠くない。「邦画と海外映画の間」そんな感覚で共感できる部分もあり、逆に文化の違う部分は面白く観られる。日本とやや近い感覚を持って観られるのが韓国映画であり、韓流の魅力である。

韓国女性監督の映画は面白いものが多い。というのも、韓国映画は日本と比べて表現がエグいところがある。日本の生ぬるさと比較すると、引くほどの残虐性や気持ち悪さがあり、特に男性監督はエグ過ぎて観ていてキツくなったりする。その点、韓国女性監督作品はちょうど良いところを攻めている。社会に対してエグるように切り込んでいるし、心理描写も生ぬるさのないリアルな表現で「ちょうど良いエグさ」によって心を揺さぶられるのである。これはハッピーエンドなのか?と思うかもしれないが、観た後にはなんとなく心地良さが残るはずだ。


『はちどり』2020年日本公開
監督:キム・ボラ

1994年、団地に住む14歳の少女ウニは両親と兄、姉の5人家族で暮らしている。両親は優秀な兄に期待し、自分には無関心だ。兄にはよく殴られ、姉は両親の目を盗んで夜遊びばかりしている。家族仲は悪く、学校にも馴染めない。思春期の孤独な心の揺れ動きをリアルに描く、14歳のウニの物語。

リアルというのは、14歳の少女の弱さやズルさをちゃんと描写している点だ。ウニはただのかわいそうな少女ではない。ちゃんとズルいしサボるし自己中な態度をとる。努力しても報われない、というわけではない。愛されたいのに愛されないのは自分のせいでもあるんじゃない?と思わせる人物として描かれている。感情の浮き沈みが激しい思春期の悩みに、誰しも共感できるところがあるはずだ。

ある日ウニは、漢文の塾講師ヨンジ先生に出会う。ソウル大生でもあるヨンジ先生は、自分の話に耳を傾けてくれる唯一の大人だった。しだいに心を開いていくウニ。ヨンジ先生は心の拠り所であり、憧れの存在となっていく。

この塾講師の女性、ヨンジ先生はとても魅力的だ。韓国映画におけるキャラクターは感情表現が激しい人物が多い。大体みんな怒ったり泣いたり叫んだりするのである。対してヨンジ先生は、クールでありながら温かい優しさを持ち、感情を露わにすることはない。柔らかな人柄がより際立っていて、ウニが憧れる女性として魅力的に感じる人物だ。

ソウル大に通うエリートでも悩んだり自分が嫌になる時があるんだと、弱さを語る先生にウニは惹かれていくが、あるときヨンジ先生は突然ウニの前から姿を消した……。

特に大きな事件は起きない、思春期の日常を描いた映画であるが、ウニの心の揺れ動きを感じながら、どう変化していくのか、ぜひ注目して観ていただきたい。



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