第5話 無印良品 / ボデガ BASQUE GLASS
ふだん使いする「器」のなかで、毎日の生活で最もふれる機会の多いものの一つはグラスだろう。
朝起きがけにキッチンに立ちピッチャーから注いだ水を飲む。昼間その日の昼食を摂るとともに緑茶で喉を潤す。仕事を終えて帰宅した晩には、ビールやウイスキーなど思い思いの酒で心の緊張をほぐす者もいる。一日を通してグラスを一度も手に取らないことは稀なことと思える。
グラスはどこの家庭にも存在する極めてありきたりな食器だ。だからその日どんなグラスを使ったか気にも留めない者もいるだろう。中に注いだ液体を口に運ぶ目的が果たされれば、たいがいの人は満足するのかもしれない。
しかし同じものを注いだとしても、使うグラスによって人が受ける「食感」は驚くほど違う。なにを気障なことを。と思うおじさん方も想像してみてほしい。缶ビールを缶のまま直接飲むのと、一手間加えて冷えたグラスやジョッキに注いで飲むのとではどちらがいいかを。缶とグラス(=ガラス)は別物だろう。という指摘はごもっともだが、素材によって飲み心地が変わるというなら、グラスの違いによっても変わらなくてはナンセンスと言えないだろうか。
そしてここからは、個人的嗜好のパートに入っていく。僕のなかで優れたグラスは、その「薄さ」と持ちやすさのバランスにある。
薄いグラスが良いのは、口にふれた際の飲み物との距離が近く、そして軽いので、壁として隔たるガラスの存在を忘れさせることにある。飲み物の温度・粘度がよりダイレクトに伝わり、飲み物を飲むというよりも吸収しているかのような体感を得るのだ。視覚的にも飲み物そのものの色をより美しく際立たせ、氷を入れた際には衝突した氷の振動がガラスを鳴らし、カランと風鈴のような爽やかな音を生む点も良い。喉ごしよりも手前、「飲みごこち」のかろやかさが、薄いグラスには存在する。
だから薄さは正義だ。
しかしながら。日常的に使うグラスにはただ薄いだけでなく、期待される耐久性も必要だ。ことあるごとに割れてしまうグラスでは扱いづらいしなにより危険を伴う。あるいは耐久性を引き換えにしてでも薄さを追求するのであれば、買い替えのしやすい価格の商品が求められる。
日本には松徳硝子の「うすはり」がある。あのタンブラーやオールドはたいそう良い品だ。薄さ・耐久性・手に持った感触すべてすばらしい。それだけであれば文句なく選出したいし、プレゼントとして贈られればきっと喜んでもらえる一品に違いないし、自分も過去に所有していた。
だがここに「おもとめやすさ」という観点を加え自分のなかでバランスの良い品を選んでいくと、無印良品のボデガに辿り着いた。
もとはと言えば無印良品のオリジナルの製品ではなく、同社の Found MUJI プロジェクトによって選出された、スペインのサン・セバスティアン地方で馴染みのある一品で、プロジェクトの製品を扱う店舗に行けば大・中・小のバリーエーションのサイズから選べるし、一部のサイズはオンラインショップでも購入できるらしい。
「うすはり」よりもやや厚く耐久性に勝るが、飲み心地のかろやかさも負けていない。そしてフットプリントが大きいことから、見た目よりも多く注ぐことができて、安定感がある点もポイントと言える。それでいて価格は税込で550円なのだから、あやまって割ってしまったときのダメージも格段に少なくて済む。
ふだん使いにもってこいで、ここ何年か飽きずに使い続けているグラスのひとつだ。
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