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離陸とムーミン

飛行機の離陸の瞬間が好きだ。

すさまじい轟音の中で、身体が浮き上がる、あの一瞬。落ちるんじゃ無いかという恐怖と、それでも、次に地面をふむときは、全く知らない場所なのだ、というワクワク感。どこでもない場所に放り出されるという心もとなさ。そういうものがマーブル模様になって身体を打つ。

何度旅をしても、いくつになっても、あの瞬間だけは、はじめて旅をした時と全く同じにドキドキする。

これと、どこかで似たような気持ちを味わっているなと思ったら、それは、別れの瞬間なのだった。恋人と別れて、一人になると決めた瞬間。半身が引きはがされるような痛みも、もちろんある。コレから先どうなるんだろう、という不安と恐怖の内側に、すでに、むくむくと冒険心が芽生えている。ああ、やっと、別れの前の陰鬱な気持ちから解放された、というすがすがしさと、一抹の安堵。「何者でもない」空白の私になれた、という嬉しさ、開放感。次の恋へのかすかな期待。

あのさびしさと辛さの中にたしかにある、旅立ちの楽しさ、はなんなんだろうか、と友達に言ったら、あんた絶対結婚できないね。と言われた。もしくは、結婚と離婚を繰り返すね、とも。

そうだろうか・・・。

しかし、私の知人には30年間の社会人生活の中で28回引っ越しをしているという猛者もいる。60代の上品な女性である。全くそんな風には見えないから驚く。彼女曰く、「真っ白な部屋に立った時の充実感、これからこの空間を埋めてやるんだ」っていう、未知の空白への期待感が引っ越しへと駆り立てるらしい。そんなに飽きっぽい彼女なのだから、きっとシングルだろう、と思いきや、どういうわけか彼女には長い事連れ添った旦那さんがいる。

一体どういうわけだろう。まさか旦那さんは28回の引っ越しに付き合っているわけではあるまいな。いったい、どうやったら、それで結婚生活がうまいことやっていけるのか。他人の夫婦というのは全く謎である。今度、聞いてやろう。

しかし、ドキドキとか不安とか、未知の世界への挑戦、の味を一度しめてしまうと、いよいよもって結婚に気持ちが向かなくなる。女性は巣作りの性とは言うけれど、巣作りに全く適していない女性、むしろ、作った巣を裏側からでーんとひっくり返したくなる女性だっているのだ。そういう女が、結婚するにはどうしたらいいのか。もうこれは、一生一緒に旅をしてくれる伴侶か、もしくは毎回、だまって手を振り見送ってくれる人を、見つけるしかあるまい。この、離陸の瞬間が好きだ、という気持ちをわかってくれる人、どこかにいないだろうか。始終浮き足だっている、と言われてしまえばそれで仕舞いだけれど、旅立つ時の痛みに慣れている、という長所は、意外と人生の助けになるのではないか。別れの瞬間は痛くても、次の瞬間には笑っていられる。そういうのって、結婚生活の荒波を乗り越えてゆくのには、役に立つと思うんだけど。スナフキンはムーミンが居ていいなあ。いつでも見送ってくれるし、ずっとムーミン谷で待っててくれる。私もムーミンみたいな旦那さんがほしい。どっかにいないかなあ。ムーミン。あれ、いよいよ、幻の相手を見つける旅になってきたぞ。

ま、いいか。たとえ日本で見つからなくたって、世界中に一人くらいは、そんな相手がいることを信じて、今日も私は飛行機に飛び乗るのである。


#同時日記

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