『高慢と偏見』【第3章】和訳

できるだけ原文に忠実に訳しました。原文でイタリックの箇所に近い箇所を太字にしてあります。特徴的な母親のこっけいさがわかるテンポよい訳文にしたつもりです。間違いを見つけたらコメントいただけると嬉しいです🙇

第3章で、ついにミスター・ダーシーが登場し主人公のエリザベス・ベネットと初めて出会います。いわゆる少女漫画の恋愛ものの出会いのシーンが200年も前に完成していた!

【訳語について】 女性に対して使われる  handsome は単に「きれい」と訳しました。現在この単語を女性に対して使うと「りりしい」といった意味が含まれますが、本作の頃は単に good-looking の意味で男女どちらに対しても使われました。また、女性に対して使われる pretty は単に「素敵な」と訳しました。「可愛い」という意味では使ってないようです。

目次

第3章

 ミセス・ベネットは、5人の娘にも協力してもらい探りを入れたものの、ミスター・ビングリーに関する満足のいく情報を夫から何ひとつ引き出せなかった。彼女たちは様々な攻め方を試みた。直球の質問、巧妙な推測、的はずれな憶測。何をしてもすべてかわされた。不本意ではあったが、結局は近所のレディー・ルーカスから又聞きで情報を仕入れるしかなかった。彼女の話は、非常に好意的なものだった。サー・ウイリアムは、彼を気に入っていた。とても若く、素晴らしくいい男で、きわめて感じが良く、その上、次の舞踏会には大勢で参加するつもりだという。これは嬉しい!ダンス好きであることは、恋愛につながる確実なステップだ[訳注1]。ミスター・ビングリーの心をつかめるという明るい希望を胸に抱いた。

訳注1 舞踏会は未婚男女にとって出会いの場の側面があった。

「もし、娘のひとりがネザーフィールドで幸せに住んでいるのを見ることができるなら」ミセス・ベネットが言った。「そして、他の娘たちもみな同じように結婚できるなら、他には何も望みません」

 数日して、ミスター・ベネットによる訪問のお返しにミスター・ビングリーが訪れ、ふたりで書斎に10分ほど座った[訳注2]。彼は、美人だとよく聞く娘たちに会わせてもらえると期待し楽しみにしていたが、会えたのは父親だけだった。娘たちは少し運が良かった。青い上着を着て黒い馬に乗る姿を上の窓からとらえることができた。

訳注2 ミスター・ベネットのこの対応は非常にそっけないが、当時のお返しの訪問時のマナーとしては妥当なもの。

 そのすぐあとにディナーへの招待状が送られた。彼女の家事の力量が称えられることになること間違いなしの料理の構想をし終えたところへ返信が届き、すべて延期させることになった。ミスター・ビングリーは次の日にロンドン[訳注3]に行かねばならず、招待を受ける光栄に預かることができない、といったことが書かれていた。ミセス・ベネットはとても戸惑った。ハートフォードシャーに着いてからまだ間もないのに何の用でロンドンに行くのか彼女には想像すらできなかった。彼はいつもあちこち飛び回り、いるべき場所のネザーフィールドに落ち着かないのではないか、と不安に思い始めた。彼がロンドンへ行ったのは舞踏会に大勢の仲間を引き連れてくるためでしょうといって、レディー・ルーカスは彼女の不安を多少なだめた。それからすぐ、ミスター・ビングリーが12人の女性と7人の男性を舞踏会に連れてくる予定との噂が流れてきた。娘たちは女性の数の多さを嘆いた。しかし、舞踏会の前日になって、12人ではなく、ロンドンから連れてくるのはたった6人、そのうち5人は姉妹で1人が親戚だと聞いて胸をなでおろした。舞踏会の会場に現れたときには全員でたった5人。ミスター・ビングリーとふたりの姉妹、姉の夫、あとひとりは青年だった。

訳注3 原文は無冠詞の "town"でありイギリス英語では「ロンドン」を指す。

 ミスター・ビングリーは、顔立ちが良く、紳士的だった。表情は感じ良く、態度は気安く気取らない。姉妹たちは、疑いようのない上品さを身にまとった洗練された女性だった。義理の兄ミスター・ハーストは、ただの紳士でしかなかった。だが、友人のミスター・ダーシーは、すぐにその場の注目を浴びた。立派で背の高い風貌、端正な顔立ち、堂々とした振る舞い、それに加えて、彼が入ってきて5分もせずに駆け巡った年収1万ポンド[訳注4]という噂。紳士たちは彼のことを洗練された風貌の男だと言い切り、淑女たちはミスター・ビングリーよりもずっといい男だと断言した。その夜のおよそ半ば頃までは称賛の目で見られていたものの、それは、彼の態度がそれらをひっくり返すほどの嫌悪感を与えるまでのことだった。鼻を高くして、周りを見下し、何も気に入らなかった。いくらダービシャーに広大な土地を持っているからといっても、とても近寄りがたい無愛想な表情をしていては、友人とはまるで比べものにならない、との評価を変えられはしなかった。

訳注4 第1章でミセス・ベネットが興奮していたミスター・ビングリーの年収に対しておよそ2倍

 ミスター・ビングリーは、その場の主な人々とすぐに知り合いとなった。陽気で率直、すべてのダンスを踊り、舞踏会が終わるのが早すぎると腹をたて、自分でもネザーフィールドで舞踏会を開催しようと話した。ごく自然に彼はそうした愛想の良さを持っていた。友人とは、なんと対照的なことか!ミスター・ダーシーは、ミセス・ハースト[訳注5]と一度だけ踊り、ミス・ビングリー[訳注6]と一度踊り、他の女性に紹介されることを辞退して、その夜の残りは、会場をうろつくか、たまに仲間内の誰かと話すかして過ごした。どんな人間か、判定が下された。この世で、最もプライドが高く、最も不愉快な男だ。誰もが、ここに二度と来るな、と望んだ。最も激しく嫌ったひとりがミセス・ベネットだった。彼の行動の何もかもが気に入らなかったが、娘のひとりが侮辱されたことで嫌悪感が増幅され、憤りへと変わった。

訳注5 ミスター・ハーストの妻であり、ミスター・ビングリーの姉
訳注6 ミスター・ビングリーの妹(未婚)

 エリザベス・ベネットは、男性が足りないために二つのダンスで座っていることを余儀なくされた。そうしている間のある時、ミスター・ダーシーが近くに立っていて、友人をダンスに参加させようと少しだけ抜け出してきたミスター・ビングリーと話す声が聞こえてきた。

「おい、ダーシー」彼は言った。「ダンスの誘いにきたぞ。こんな間の抜けた姿でぼんやりと立っているのは見るに堪えない。ダンスに加われ」

「もちろん、断る。知ってるだろ、親しく知り合ってない相手とすることをおれがどれほど忌み嫌ってるか。おまえの姉妹はすでにふさがってるし、かといって、相手をするのが罰と感じないですむ女性は他にいない」

「おれは、お前みたいに選り好みはしない」ミスター・ビングリーは大きな声で言った。「王国と引き換えだとしても![訳注7] 誓って言うが、我が人生で今夜ほど多くの喜ばしき娘たちに出会ったことがない。それに、お前の目からみたとしても、まれにみるほど素敵なかたがいくらかいるぞ」

訳注7 「おれは~しても!」のセリフ部分の原文は "I would not be so fastidious as you are, for a kingdom!" で、"for a kingdom" が唐突で謎。このような交換の意味のfor をアンバランスな対象に対して使った文としてシェイクスピア『リチャード三世』のなかの名セリフ "my kingdom for a horse!"(馬と引き換えに私の国をやるぞ)が有名だが、そのもじりかもしれない。

「ここには、きれいな娘が一人だけいるが、お前と踊っている」ミスター・ダーシーは長女のミス・ベネットの方を見ながら言った。

「ああ!彼女は今までに見たことがないほど美しい女性だ!じつは、彼女の妹の一人がお前の後ろに座っているんだが、とても素敵だ。おそらく感じも良いだろう。お前を紹介するように我がパートナーに頼んでもいいかな」

「どこだ?」と振り向いて、エリザベスをしばらく見ていたが、彼女と目が合うと、視線を反らして冷たく言った。「堪えられはする。だが、おれが魅力を感じるほどきれいではないな。今は、他の男性に見向きもされないお若い淑女に箔をつけてあげる気分ではない。パートナーのところに戻って彼女の笑顔を楽しんできな。ここにいても時間の無駄だ」

 ミスター・ビングリーは忠告に従った。ミスター・ダーシーは立ち去った。エリザベスは彼に対して全く何も心に感じなかった。しかし、仲間内にはこの出来事を上機嫌で話した。というのも、彼女は、陽気で、遊び心があり、どんな馬鹿げたことでも楽しむたちだったからだ。

 その夜はベネット家にとって実に気持ち良いくらいうまくいった。ミセス・ビングリーは、長女がネザーフィールドの人たちに認められたように思えた。長女はミスター・ビングリーと二度も踊り、彼の姉妹からも目をかけてもらえた。ジェインは、母親と同じくとても満足していた。ただ、もっと静かにしていたが。エリザベスは、ジェインの喜びを感じられた。メアリーは、自分のことがご近所で最も良くできた娘としてミス・ビングリーに話されているのを耳にした。キャサリンとリディアは、ずっとパートナーを欠かすことがない幸運に恵まれた。二人が舞踏会で気をつけることとして学んでいたのは、まだそれだけだった。そういうわけで、彼女らは気分良くロングボーンに帰ってきた。ベネット家が住む村であり、そこではベネット家は最も高い階級の住人であった。彼女らはミスター・ベネットがまだ寝ていないことに気がついた。彼は本を手にすると時を忘れてしまう。それに今では、ものすごく期待が高まった今夜のイベントのことがかなり気になっていた。彼はむしろ、新参者に対する妻の思いは当てがはずれるだろうと期待していた。しかし、話を聞くと全く違うことがわかった。

「ねぇ!あなた、ミスター・ベネット」彼女は部屋に入りながら言った。「わたしたち、最も楽しい夜を、最も素晴らしい舞踏会で、過ごしました。あなたもいらしたら良かったのに。ジェインの評判の良さといったら、ありえないくらい。みながジェインのことをとても素敵だと言ってました。ミスター・ビングリーも美しさにとても引かれたとみえて、ジェインと二度ダンスをしたんです。まさにそこよ、あなた。本当に二度もダンスをしたんです。あそこで彼が二度申し込んだのは、この子だけ。最初の相手はミス・ルーカス[訳注8]。彼女と立っている姿は、腹立たしくてしかたありませんでした。でも彼は、あの子をまったく気にかけなかったんです。誰が気にかけるもんですか。彼はジェインがダンスで下っていたときに心を打たれたようね。彼女は誰かと尋ね、紹介されて、次の相手として申し込んできたんです。三番目はミス・キングと踊り、四番目はマリア・ルーカス[訳注9]、五番目はまたジェイン、六番目はリジー、それから『ブーランジェ』[訳注10]─」

訳注8 レイディ・ルーカスの未婚の長女と思われる。
訳注9 名・姓で呼ばれているのでルーカス家の次女と思われる。
訳注10 『ブーランジェ』とは原文 "Boulanger" でダンスの名前。

「もしそいつにおれへの思いやりがあったなら」夫は我慢できずに叫んだ。「その半分も踊らなかったろう!頼む、もうパートナーの話はやめてくれ。あぁ!最初のダンスでそいつが足首を捻挫してくれていたら!」

「まぁ!あなた、わたしはとても気に入りました。素晴らしくいい男よ!それに、姉妹は魅力的なご婦人です。今までにあんなにエレガントなドレスは見たことがありません。おそらく、ミセス・ハーストのガウンのレースは─」

 ここでまた彼女は中断させられた。ミスター・ベネットは、華やかな服飾についての話にはどんなものであれ抗議した。そのため彼女は他の話題を探さなければならなくなり、ミスター・ダーシーの無礼な態度のひどさについて、いくらか誇張を加えながら、とても苦々しく話した。

「それで確かにいえることは」彼女は付け加えた。「あいつの好みに合わないからといって、リジーにはたいして失うものがないってこと。とても不快で感じが悪い男なんか、喜ばせてあげる価値は一切ありません。人を見下し、うぬぼれて、我慢できない!あちこち歩きまわってましたが、頭のなかではふんぞり返っていたのよ!一緒に踊るほどきれいではないなって![訳注11] あなたには、あそこで嫌みのひとつでもあいつに言ってもらいたかった。あんな男、本当に嫌でたまらない」

訳注11  原文は "Not handsome enough to dance with! " だけで誰が誰になのか対象がはっきりしない。ここでは、踊らずにいるミスター・ダーシーが会場の娘たちを見まわしながら「一緒に踊りたくなるようなきれいな娘がいない」と思っていたと勝手にミセス・ベネットが想像したと解釈した。ダーシーがエリザベスを評して言った時のセリフを真似たと考えられる(該当箇所を太字に変更して原文より引用→ "She is tolerable, but not handsome enough to tempt me")