[追悼]ジェフ・ベック
昨日試写で見たデヴィッド・ボウイの新ドキュメンタリー映画『ムーンエイジ・デイドリーム』。私が書いた映画評では触れませんでしたが、収録された数々の未発表映像のうち、おそらく最大の目玉がジギー時代のラスト・ライヴに於けるジェフ・ベックとの共演です。実際に大きなスクリーンで見るとすごい迫力でした。
昔からブートなどでは聞いていたものの、映像を見たのはこれが初めてでした。今から50年以上も前ですが、ジェフ・ベックの髪型・シルエット・たたずまいなど外見の雰囲気がこの時から晩年まで全く変わらなかったことに驚かされます。最近のプレイを聞いても、そのアグレッシヴでカッティング・エッジな姿勢は相変わらず。デヴィッド・ボウイもミック・ロンソンも鬼籍に入って久しいのに、ベックだけはいつまでも若々しく現役のミュージシャンであり続けている。きっとこれからもずっと元気で弾き続けるんだろうと思っていましたが、まさかの訃報。正直ショックです。
ジェフ・ベックはギタリストがロック・バンドの中心、花形として脚光を浴びていた「ギター・ヒーロー」の時代の最大のスターだったと言えます。歌はヘタクソ、作曲能力も特筆すべきものはなく、売れ線の音楽を作るプロデューサーとしての才もそれほどなかった彼は、ライバルと言われたエリック・クラプトンのような存在にはなれなかったし、ジミー・ペイジのような巨大な商業的成功を得ることもなかった。しかし彼は頑固一徹の職人ギタリストとして、誰よりも尊敬され続けました。
彼の功績についてはいろんな方面から語れると思います。最大の魅力であるギター・プレイについてはほかにもっと適任な方が語ってくれると思いますが、私が好きだったのは新しいものを求めてフレキシブルに音楽スタイルを変えていく姿勢です。その特異な、いつどこで聞いても一発でわかるベックのギター・プレイはまさに唯一無二の個性と閃きに満ちていましたが、自らのギターが映えるような場所を求めて、一定の音楽スタイルにこだわるのではなく、時代の変化に応じてさまざまな音楽性を求めて変わっていきました。「次のフレーズが予測できない」と言われたギター・スタイル同様、音楽性も変化し続けたのです。ヤードバーズでプロとしてのキャリアをスタートさせ(2番目の映像はミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』に出演した時の映像。珍しくギターをたたき壊すシーンがありますが、これはもちろん監督の演出。そもそも楽器ぶっ壊しが売りだったザ・フーにオファーがあったものの彼らの出演が不可能になり、ヤードバーズが代役として指名されたと言われています)、
ミッキー・モスト主導のバブルガム・ポップ的サウンドでソロ・デビュー(この映像は2011年ジュールズ・ホーランド・ショーでのもの。並み居る名ヴォーカリストたちを従え照れ臭そうに歌うベックがキュートです)、
それから第一期ジェフ・ベック・グループでロッド・スチュワートやロン・ウッドと共にレッド・ツェッペリンに先駆けるヴォーカル/ギターのテンション・バランスによる新しいハード・ロックのスタイルを作りだし、
それが空中分解すると、メンバーを一新した第二期ベック・グループでスティーヴ・クロッパーのプロデュースのもと、ソウル/ファンクに根ざした泥臭いアメリカ南部サウンドを先取り、
そして念願だったヴァニラ・ファッジ/カクタスのリズム隊とのパワー・ロック・トリオBB&A(ベックの初来日はBB&Aで、私も武道館公演を見ました)
を経ての2枚のアルバム『Blow By Blow』『Wired』(いずれもジョージ・マーティンのプロデュース)で、ジャズ・ロック的なギター・インスト・アルバムの先駆けとも言うべき音楽性を開拓するなど、
少なくとも70年代中盤〜後半まではベックの興味の行き先がそのままロック・シーンの最新の動向の先取りとなっていました。同じサウンド・スタイルを続けない姿勢で「アルバムを2枚作ってやめる奴」という異名を取ったりもしましたが、この変化を厭わない姿勢はデヴィッド・ボウイに通じるものがあったと思うし、多感な時期にボウイやベック、そしてレッド・ツェッペリンやキング・クリムゾンやブライアン・イーノのようなプログレッシヴなアーティストに触れ続けたのは、その後の私のリスニング・スタイルに多大な影響を及ぼしたと思います。つまり「ロックとは変わり続けるもの」という信念です。
『Wired』(1976)に於けるハードで緻密なサウンドと高度な器楽的アプローチは、パンク以前のロックが辿り着いたひとつのピークだったと思いますが、個人的には直後に食らったパンク・ロックの衝撃で一気に興味がそっちに行ってしまい、その後も孤高のギター・インスト道をひた走ったベックとは少し距離ができてしまいました。それでもニュー・アルバムが出るたびに聞き、そのつどやっぱりベックはスゲえと驚いていました。テリー・ポジオやトニー・ハイマスを従えたハードでモダンなジャズ・ロック、
ナイル・ロジャーズをプロデュースに迎えたポップなソウル/ジャズ・ファンク的なアプローチ、
はてはロカビリーやカントリー
超アグレッシヴなデジタル・ロック
最新アルバムはなんとジョニー・デップとの共作
節操なく変わり続けるベックは、その外見と共に、いつも若々しく尖り続けていて頼もしかった。
またベックは客演にも才を発揮したと思います。歌伴でもヴォリュームを下げずに大音量で弾き続けるベックは「傍若無人」なんて言い方もされてましたが、ドノヴァン1969年の大ヒット曲には第一期ベック・グループのメンバーでまるごと参加して、バッキングでスパイスの利いたプレイを聞かせていいるし
先に挙げた第二期ジェフ・ベック・グループの2枚のアルバムは、もちろん客演ではありませんが歌伴ギタリストとしてのベックの良さが凝縮されてますね。これはスティーヴィ・ワンダーのカヴァーですが、ヴォーカルのボビー・テンチのバックアップに徹した抑制されたプレイは素晴らしい。ここらへんはプロデュースのスティーヴ・クロッパーの指導かも。
このカヴァー・ヴァージョンで接点ができたのか、ベックとスティーヴィーは一緒にスタジオに入り、名曲「迷信」ができたと言われてますが、後に『Talking Book』にベックが客演した時はこんなに繊細で美しい、でも、らしさ全開のソロを聴かせています。スティーヴィーが「Do it,Jeff」と促すほどの名演。
彼の興味がもっともジャズ/フュージョンに向いていた時期は、リターン・トゥ・フォーエヴァーのベーシスト、スタンリー・クラークのソロにたびたび参加。なかでもこの曲は素晴らしくナイーヴなハーモニックスを聞かせます。
「ワイアード」で超絶ドラミングを聞かせたナラーダ・マイケル・ウォルデンの初ソロに客演。おそらくベックに参加してもらうために作った曲だと思いますが、見せ場たっぷりのソロ・プレイはさすがです。
クラプトンとの共演でクラプトンの曲をプレイ。両者の対照的なギター・スタイルが聞き物。
そしてロッド・スチュワート1984年作に参加。こっちはもうバッキングからソロまで、ベックらしさ全開バリバリの完璧なプレイ。ロッドのヴォーカルも絶好調。PVではソロ・パートでベックの勇姿が拝めます。
この時期のベックはやたら客演が多く、ティナ・ターナー1984年の大ヒット作もそう。ティナが「Jeff Beck!」と呼びかけてソロを弾く。ゴリゴリバリバリに尖ったベックらしさ全開の、これも名演ですね。アーティストがアルバムにロック的なフックをつけてガツンと盛り上げたい時にベックが呼ばれるようです。
ミック・テイラーの後釜としてストーンズに加入するという噂もありましたが、実現しなかった代わりにミック・ジャガーのソロに何枚か参加。これは一番攻撃的なソロが聞けます。
シールはベックを好きらしくてアルバムで何度もベックを呼んでいるが、これは共同名義によるもの。
「ロックの殿堂」コンサートで、スティングと共演。ベックは通常運転ですが、珍しくスティングがかなり緊張した様子なのが微笑ましい。
生前最後の客演はこれになるんでしょうか。オジー・オズボーンの新作。尖りまくりというかこれっぽっちも物わかりがよくなってないところがすごいですね。今からわずか半年前。
彼の音楽を離れた人となりについては、会ったことも話したこともない私には語る術がありません。気難しいだの厄介だのワガママだの言われますが、今回いろんな映像をYouTubeで見ていて、実はいろんな人に愛され慕われている「愛されキャラ」なんじゃないかと思いました。
最初はこんな長文記事にするつもりはなかったんですが、あれもこれもと欲張っているうちにこんなに長くなってしまいました。それでも彼の良さを十分伝えたとはとても言えません。ジェフ・ベックの主要な音源についてはほとんど全てサブスクで聴けるので、興味があったらぜひフル・アルバムで聴いてみてください。単曲ではなかなか伝わらないものもあるので。
ウィルコ・ジョンソンに続いて、私が10代のころ熱中したギタリストが相次いで逝去。いろんな時代が終わっていくのを感じます。Rest in Peace.
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