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[映画評] 「デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム」(2022年ブレット・モーゲン監督)(追記あり)

 話題のドキュメンタリー映画。試写会に行ってきました。結論から言えば大変に面白いし刺激的だった。2時間15分はあっという間だった。ボウイ・ファンならもれなくご覧になったほうがよろしいかと思います。

 「本人のコメントと映像以外は一切出てこない」という事前情報だけで見たが、確かにナレーションも説明字幕も一切なく、本人以外の関係者や他ミュージシャンなどのコメントも出てこない。つまり説明的な要素を一切省いた作りで、一応時系列に沿ってジギー時代から、行きつ戻りつしながら順に最後まで進んでいくものの、映像も音楽も時系列を無視してガンガン出てくるし(アットランダムではなく、監督の意図がそこには反映されている)、何年何月に何をした、みたいなファクトも一切示されず、筋道だった明確なストーリーやバイオグラフィも語られないので、ボウイについて事前の知識がある程度ないとおいてけぼりになってしまうかも。ボウイ本人のインタビュー映像や音声コメントはふんだんに出てくるが、その発言の時期も発言された文脈もよくわからないので、一回見ただけでは十分に情報を消化しきれない。

 その代わり凄まじいのが映像と音響。「デヴィッド・ボウイ展」でも活用されたボウイのアーカイヴをフル活用した映像の数々は今まで門外不出だった未発表のものも多いと思われるが、おそらくこの映画の価値はそうした貴重映像が見られるということではなく(それもあるけど)、その処理の仕方にある。古今の無数のボウイ映像(ライヴからオフステージまで)を縦横にモンタージュ/カットアップした怒濤のような映像の洪水、そしてドルビー・アトモスにリミックスされたボウイの名曲がさまざまなエディットやエフェクトを凝らされ大音量で流れる、その音と光と映像の目も眩むようなコラージュの迫力は圧倒的で、これは音の整った劇場で見ないと真価が伝わらないでしょう。

 察するに監督がやりたかったのは、ボウイというアーティストの存在そのもの、その映像も音楽もパフォーマンスも含めた表現者としての総体を音と映像のコラージュによって体感させること。そしてボウイがいつどこで何をした、というデータ本的な記述ではなく、その時ボウイはどんなことを考え音楽を作り表現していたか、という彼の内面の考察と解釈ではないかと思う。その意味でこれは単に「ドキュメンタリー」というには、作家/アーティスト的な目線がかなり強い。想像だが、監督としてはボウイのようなあまりに巨大な、しかもその活動の範囲が長期間・多岐に渡るアイコン/表現者をオールドスクールなドキュメンタリー的手法で表せるとは思えなかった、ならば自らの作家/表現者としての自我をボウイの世界にぶつけることでそれを際立たせよう、と考えたのではないか。その意味でこれはオールドスクールな意味での「音楽ドキュメンタリー」ではなく、監督の解釈による「ボウイ論」であり、ボウイを素材にしたブレット・モーゲン監督の「アート作品」なのだと思える。当然自我の強く出たアートである限り、見る人によって肌に合う合わないはあると思うし、ボウイがどんな人生を送ったかWikipedia的知識を得たいと思う人にも、また「ボヘミアン・ラプソディ」的なわかりやすいメロドラマを求める人にも全く向かないと思うが、これまで見たボウイ関係の映像作品の中で、もっともボウイの表現の本質に肉薄しているかもしれない。なによりボウイさんの本当にかっこいい映像と発言がバシバシ出てくるので、全く飽きるということがない。いきなり無理に全部わかろう、理解しようと思わず、音と映像に身を委ねて感じればいいと思います。

 とにかく前述の通り情報量が多い映画なので、1回見ただけでは十分に真価を理解できたとは言いがたい。なので何度も見返すうちに感想が変わってくる可能性大で、ここに書いたことはあくまでも「第一印象」であります。ブルーレイで何度も見返したい作品だが、家庭ではあの映像と音が相乗した迫力は味わえないと思うので、結局は劇場鑑賞をリピートすることになりそうだ。

 で、ナレーションも説明字幕もないこうした作品が成立するのは、ボウイが音楽だけでないヴィジュアルやパフォーマンスも含めた表現者で、音楽と同じぐらい映像も残してきたからだろう。レコード、ライヴ、テレビ、ビデオ、映画、舞台、さらにはインターネットも含めた総合マルチメディア・アーティストの先駆だからこそ、こうした作品ができた。以前エイミー・ワインハウスのドキュメンタリーを見たら、彼女が残してきたプライベート映像をふんだんに使った作りになっていたけど、今や個人がスマホで4K映像を簡単に撮れる時代。客が撮影した非公式ライヴ映像がアーティスト黙認?でYouTubeにどんどんアップされる時代になって、通り一遍の公式映像だけを雑に編集し関係者コメントを入れて出来上がり、みたいな安直なドキュメンタリーの作り方は今後どんどん変容を迫られるだろうと思う。3/24公開。

(追記)
発売中の「ミュージックマガジン」と「週刊文春CINEMA」で、本作の監督ブレット・モーゲン監督にインタビューしてます。映画を見る前でも見た後でも、ぜひご一読を。


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