見出し画像

ポルシェに乗った地下芸人.16

そういえば、僕はなんでお笑いライブに出たのだろう。きっかけを思い出す。

いや、大した事ではないのだ。今年の2月頃に気まぐれに「お笑いライブでも観に行くか」と思って、ネットで適当に探して観に行った。はじめてのお笑いライブ鑑賞である。

新宿の駅ビルにある有名なお笑いの劇場だ。テレビで見たことがある芸人がたくさん出ていて面白かったが、まあ、テレビで見る感じのネタだった。

次に、テレビに出ていない、僕がまだ知らない芸人を見てみたくなって、2週間後くらいに渋谷でやっているそこそこ大きそうなホールのお笑いライブに行ってみた。大手のお笑い事務所がやっているから、出演者は知らないが期待できると思っていた。

たしか、すごく若い子達が1分くらいのネタを次から次に出てきてやるようなお笑いライブだった。

面白かった芸人に投票する形式のアンケートを書くように渡されたが、とにかく、出てくる芸人の名前が全然わからない。アンケートには30組以上の芸人の名前が書かれていたが、舞台上にいる芸人と結びつかないのだ。

そこでなるほどと思った。「顔と名前だけでも覚えて帰ってくださいね」という定番的な挨拶の文句であるが、そりゃそうだ。名前を覚えていないと投票できないのだ。

どうやら、客の投票が多いと上のクラスに昇格するらしい。まあ、その昇格した先のライブを僕は知らないし、その上のクラスに出ているらしい芸人の名前も聞き覚えがない。

まあ、とりあえずここにいる若い芸人なのか芸人の卵なのか分からないようなこの子達が、極めて厳しい生存競争の中にある事は分かった。

まあ、正直なところ時間の無駄だと感じた。もったいない時間の使い方をしてしまったとまあまあ後悔した。

面白いと思える子は10人に1人もいない。なんで金と時間を使ってお笑いライブを観に来たのに、退屈な時間の方が圧倒的に多いのだろう。

知り合いや身内が出てるならともかく、赤の他人の面白くもないお笑いもどきをみせられるのは苦痛でしかなかった。

なんとなく拍子抜けだった。お金を払って、テレビで無料で見られるのより質が悪いお笑いを観る事になるとは想像していなかった。

次を最後にしようと思って、無名のお笑いライブを探してみた。いっそのこと、誰も知らないようなカルトな世界なら違った面白さがあるのではないかという期待があった。

新宿の歌舞伎町方面に進み、雑居ビルが並ぶ歩道を進む。

看板がなければお笑いライブをやるような劇場があるとは気が付かない、あからさまな雑居ビルでそのライブは行われているらしい。

念のためメールでチケット予約をした。メールアドレスはフリーメールだった。きちんとした法事ではなく、個人が主催するようなライブだ。これは期待できる。

チケットは「取り置き」というシステムらしい。事前にチケットが送られてくるのではなく、当日受付でチケットを受け取るシステムだ。送付の経費もかからないし、こちらも紛失のリスクがない。実に合理的である。

怪しげな扉に、小汚い手書きのチラシが貼ってある。予約したライブの名前が書いてあるから間違いは無さそうだ。19時から開演すると書いてあったが、仕事に手間取り既に19:30頃になっていた。

その扉を開けると、これまた小汚い身なりの若い男性がたっていて、無愛想にこちらをチラッと見た。劇場の中からネタが終わったのだろう「ありがとうございました」の声と同時にノリのよい音楽が聞こえてきている。

僕が

「チケットの取り置きをお願いしているのですが。」

と申し出ると、

「取り置きの名前なんすか?」

と、正規の教育を受けられていないような口調で問いかけてきた。

「小野です」

僕が答えると、1,000円と言われ支払った。特にチケットを渡されるでもなく

「なるべく前に座ってください」と中に案内された。

ちょうど次の芸人の出番が始まったばかりのようだ。そこで僕の目は舞台上に釘付けになった。

海外のAVのようなド派手なボンテージを身につけた小太りの中年男性が、両手にキャベツを持って踊り狂っている。しかも、アカペラで平井堅の「POP STAR」を歌いながらだ。

呆気に取られしまった。席に着くのを忘れて、棒立ちで舞台上を見ていた。

歌い終わったその彼は大きな声で言った。

「なんですって、王様!!それじゃあ、私は姫と結婚させてもらえないんですか!!」

僕は吹き出した。全身から笑い声が溢れてくるようだ。

どんなストーリーかは分からないが、衝撃的な面白さを感じた。今までこんなに笑った事があっただろうか。

いや、あった。肘神様で笑ったわ。

でも、それに匹敵する面白さだ。なんなら上回っているかもしれない。

馬鹿みたいに大声で笑う僕に、舞台上のボンテージの彼もこちらに目線を送っているように見えた。

よく分からないまま彼は「ありがとうございました」と言って舞台袖は戻って行った。

その他のネタはよく覚えていない。あまり面白くなかった事は覚えているが。

名前は分からないが、ボンテージ氏によって僕はお笑いライブで死ぬほど笑うことができた。

これが、きっかけで、僕の人生はとても良くない方向へ舵を切る。

皆さまの支えがあってのわたくしでございます。ぜひとも積極果敢なサポートをよろしくお願いします。