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日記3〜新しい町は良い〜

目覚ましの鳴らない7時前に目を覚ますと、首の左側が凝り固まっていた。昔から寝違えをする癖があり、決まって首の左側だ。変な寝相の癖でもあるらしい。

もそもそとベッドから起き出してパスタを120gぐらい茹で上げる。大皿に移してだし醤油とチューブわさび、作り置きのなめたけとごちゃ混ぜにすれば、即席和風パスタが出来上がる。混ぜる最中、立ち上がるわさびの匂いで現実が厚みを増す。ダンジョン飯を観ながらすぐに完食する。

筋トレをする日なのだが気分が乗らず、雀魂の三麻を何周かして勝って気持ちよくなった勢いで筋肉をいじめる。寝違えを刺激しないように細心の注意を払ってシャワーを浴びた。この寝違えは、少し首の動き方を間違えると風船を割ったように痛みが首肩に広がり、2〜3日苦しむことになるから恐ろしい。

歩きやすい格好に着替え、先週開業した箕面萱野駅へ向かう。人生で新しい駅が出来る機会に巡り合うとは思ってなかったので、完全に観光遠足気分だ。行く道中、Podcastでゆる言語学ラジオを聴く。日本語と英語の視点の違いを一神教の有無にもってくるのは少し懐疑的だが、日本語の苗字が場所を指すことが多く、英語が職能を指すことが多いのは面白かった。自分の苗字は思いっきり場所を指すからだ。

箕面萱野駅に着く前、電車が地下から高架へ上がると視界が開ける。芝生の丘のように、住宅で覆われた千里丘陵が見渡せる。知っている景色だ。この景色が見たくて、かつて423号線を意味もなくオートバイで駆けていたことを思い出す。
新駅はキューズモールと直結しており、好天もあいまって家族連れで大賑わいしていた。芝生広場では参加型のヨガが行われている。その隣で箕面の地ビールやワイン、タコスなどのテントが出ている。別の棟には「祝開業!」のアドバルーンまで出ている。ちょっとしたお祭り状態なのが楽しい。世が世なら「萱野音頭」とか作られていたんじゃないかな。

昼飯屋を探すと、道路の反対側に料亭然とした趣の日本建築があり、のれんに麺や六三六とある。かつて阪急東通あたりにあったラーメン屋だ。くどいくらい煮干しが強い濃い味が好きで、就活しているときよく行っていた。懐かしくなり迷わず入る。朝が多かったのでラーメンハーフにする。1人なのに半個室の4人席に通され、かわいい量のラーメンが大きすぎる鉢とトレーにかつがれてやってきた。席も食器も過剰すぎるラーメンが萎縮しないうちに一瞬で平らげてやる。くどい煮干しの味は変わらないままだった。あの頃、これをさらに煮詰めたようなつけ麺の汁に米をドカドカぶち込んで食べ、糖質塩味脂質うま味のハンマーで、就活に疲れた脳みそをぶん殴っていたのだった。

千里川沿いでつぼみを膨らませる桜や、勝尾寺行きのバス時刻などを眺めた後、歩いて次の新駅、箕面船場阪大前駅を目指す。イナイチと呼ばれる171号線を渡って南下すると、道路拡幅工事の真っ最中だった。途中、萬栄の店舗があったのでなんとなく寄る。ここも人出が多い。本館と東館をざっと見る。食堂は500円の海老天うどんが海老が大ぶりで美味そうだった。スーツが欲しかったが、ぶらり買うものでもないので止めた。

箕面船場阪大前駅は、箕面市立文化芸能劇場、市立図書館、生涯学習センター、阪大キャンパスが広いペデストリアンデッキで繋がる複合型の駅で、仙台駅や水戸駅を少し思い出す。劇場では夕方からの刀剣乱舞のファンたちが早くから開演を待っていた。図書館は子どもたちの声がよく響く。阪大前では多文化交流イベントが開催されていた。春の陽気の下、学生からお年寄りまで、みんなのどかな顔で思い思いに過ごしていた。

近くの喫茶店に入り、ケーキとコーヒーで小休止する。英国リスペクトの内装が落ち着く。ベリーソースのかかったミルクレープが絶品だった。雲のように柔らかいたっぷりのクリームと酸味のあるソースがよくあっている。ミルクレープなのに底にはスポンジ生地が敷いてあり、味でも食感でもクリームとソースを支える土台になっていた。あまりに美味しいので妻に写真を送って自慢すると「私も行きたかった」と拗ねられてしまった。

千葉ロッテの一球速報を見ながら、口の中の油分をコーヒーで洗い流す。種市の力投とソトのタイムリーで昨日の完敗の憂さが晴れる。店を後にすると、建設中のタワーマンションの広告が目に入る。ふたつの新駅の開発が進めば、箕面市はどっとファミリー人口も増えるだろう。今は高槻市や豊中市、茨木市が北摂の中核だが、近い将来勢力図が塗り変わるだろうと思った。

駅舎の傍の遊牧民族文化の展示をちらと覗いてから電車に乗る。このまま帰ってもいいが、無性に二郎系ラーメンが食いたくなる。昼もラーメンでケーキまで食ったのに。ギリギリまで迷って、「まあ長めに歩いて帰ればよし」と自分を言いくるめて心斎橋で降りた。乗り換えなしでここまで来れるのが衝撃的だ。食べる前の腹ごなしにApple Storeに立ち寄る。7年前に買ったAirPodsが寿命のためか不調だったし、SEの小ささにも不便を感じていたから、ちょっと新製品の具合だけでも確かめればぐらいのつもりだったのだが、おそろしいまでの人の多さで10分程度で退店した。外国人客が多すぎる。円安の影響なのか。

心斎橋筋商店街も英語や中国語や韓国語やスペイン語っぽい言語で溢れていた。欧米の人らは既に半袖短パンの人もいる。毎度思うのだが、なぜ彼らと日本人は体感温度に差があるのだろう。人の潮目を読みつつ北に向かい、らーめん豚山に並ぶ。ここ3ヶ月くらいリピートしている。バキ童チャンネルとYouTubeショートにすぐ影響される。15分ほど並んだ後着席し、ミニラーメン全マシをすする。今日は少し水っぽい気がしたが、それでも美味しかった。

このまま歩いて家に帰ろうと思い、中央大通りまで向かう途中、雑居ビルの入り口に「2階、本屋」の看板を見かけた。岸政彦の河出文庫の新刊『大阪』が欲しかったが心斎橋筋まわりに本屋を見つけられなかったから、あればラッキーと2階に上がった。細い廊下の両側に中が見えない磨りガラスの部屋が4つぐらい。学校のようだ。雰囲気に呑まれるまま進み、toi booksと書かれた書店に入る。8畳ぐらいの小さな本屋。セレクトショップのように、店主のこだわりの本が集められている。客は自分しかいない。『大阪』は無かったが『大阪の生活史』はあり、他にも藤岡拓太郎の漫画とかみすず書房の読書アンケートとか、自分も持っている本がチラホラあり、とても居心地がいい。30分くらいグルグルと棚を吟味する。いくらでもいれそうだったが流石に悪くなってきて、町屋良平『生きる演技』のサイン本を購入して店を後にした。必ずまた来ようと思った。

なんだかとても良い心地だった。新しい駅、新しい町。SNSやネットでは日本衰退論とか海外脱出のようなデカダンスが流行っているが、新しい開発や町づくりは日本の各地で確かに行われている。人がいなければ行政や企業も立ち行かない。だから行政も企業も「もっと町を盛り上げよう!」と頑張っている。マクロで見れば焼石に水なのかもしれないが、ミクロで見れば新しい変化は春の風のように土地に吹いている。人がいて交わり合えば新しい思いや感情が生まれ、やがて新しい本が出来たり考えや思想になっていく。土地が盛り上がるのは良いことなのだ。心から思う。

帰り道、Podcastで平野紗希子の『味な副音声』を聴きながら歩いた。後輩が憧れていた人だ。黒胡麻に埋まる餅を「アスファルトから餅を発掘する」と表現していたのがおかしかった。

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