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居眠り

 ある日の夕方、私はお寺での朗読会を聴きに行っていた。古い文学作品にはお寺の雰囲気がよく似合う。客席は私を含め年配の方が多く、それに混じって若い女性も数名いた。
 演目はとある有名な怪談で、私の好きな作品のひとつでもある。照明は暗く、蝋燭も灯って、作品の空気にも合っていた。
 ゆったりとした朗読を演者の表情を見ながら、時には目を瞑ってじっくりと聴く。しかし、興味深い話であるにも拘らず眠くなることがよくある。このときもそうだった。目がしょぼしょぼしてくる。演者の声も遠くなってくる。申し訳ないと思いながら必死に睡魔と戦う。
 カクン。ついに頭が肩まで落ちてしまった。はっと目を覚まし、いけないと目をしばたたかせて前を見る。
 と、斜め前の客もこっくりやっている。ああ、私だけじゃないのかと思っていると、ゴトリと音がした。音のしたあたり、最前列の客の頭が肩より低く垂れ、背中に隠れている。ああ、この人もか――と、なんだか安心した。するとその前の客は上半身をさらに前のめりにして何かを拾い上げるようにした。そしてその〈何か〉を持ち上げて上体を起こし、肩の上にストンと乗せた。
 ――頭だった。
 さらに別の場所でゴトリと音がする。やはり前の客と同じように自分の頭を拾い上げては正しい位置に置き直す。
 ゴトリ、ゴトリ。あちこちで落としては拾い落としては拾いが繰り返されている。演者は何事もないように朗々と読み続けている。
 驚いて目をパチクリしていた私も、次第にその光景に慣れてきて欠伸まで出るようになった。もはや朗読の中身はどうでも良くなっていた。

 ゴトリ。頭に衝撃が走った。はっと目を開けると目の前には何本もの足が並んでいる。頭をさすろうとしたが、手はくうを泳いだ。ああ、私の頭も床に落ちたのか。驚きはなかった。ゆっくりと床に手を伸ばし、自分の頭を探って両手で掴み、よっこらしょと持ち上げて元の位置に戻した。自分の頭はこんなに重いのかとそのときはじめて知った。
 そんな体験をしてしまってからは演者の語る怪談がなんだかつまらなく感じられ、私は何度も頭を落としては拾った。

 大きな拍手が鳴り響く。その音に私ははっとして目を覚まし、慌てて前を向いた。頭はきちんと両肩の間に載っている。周りを見ると他の客もすべて頭を正しい位置に載せている。眠そうな顔をしている者は見あたらない。ああ、私は夢を見ていたのか。

 終演の挨拶が終わってぞろぞろと出口へ向かう。寝てしまった申し訳なさもあって私は演者の顔を見ることができなかった。
 外へ出るとすっかり暗くなっていた。風はこの季節にしては涼しい。とはいえ、やはり汗が沸いてくる。私はポケットからハンカチを出し、おでこを拭こうとしておやと思った。たんこぶができていて押すと痛い。ここへ来る前はそんなものはなかったはずだ。いつの間にできたのだろうか。
 と、後ろで談笑する声が聞こえて振り返る。あれ? なんだかおかしい。何かが違う。首を傾げ、あっと気づいた。右側のスーツを着た人物には厚く化粧をした女の頭が、左側のワンピースを着た人物には髭を生やした男の頭が載っている。
 ああ、載せ間違えちゃったんだな。やはり夢じゃなかったんだと、私はなぜだかほっとした。

―― 了 ――

(この話はフィクションです)


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