聞きたくなんかない

その言葉に、私は何も言わない。拒絶もしないし止めもしない。腑の底で不快感が蠢いているのを、静かに見ている。いっそ累積して爆発して仕舞えばこの汚い臓腑が開陳されるだけなのかもしれないけれど溜まることさえなく吹き抜ける。それは梅雨の夜に駆け抜ける生臭い風によく似ていた。やめてくれと伝えればきっと皆は従ってしまうのだろう、恐怖政治にも似た強迫観念を押し付けるのはきっと何より簡単だ。そこまで人として落ちぶれたくはないと思える自分は好きなんだ。されどずうっと蠢いている不快感を無視しきれない夜もある。
そりゃあ聞きたくないよ、私の嫌ったお前の名なんてさ。壊疽としてずっとそこにある存在。お前の記憶に私は微塵も残っていないだろうから、そのまま何もなかったことにしていこう。かけられた迷惑も泥も不快感も全部出会わなかったら味合わずに済んだんだから、何もないのが一番良いさ。嫌いも憎いも疎ましいもあげない。どの感情ももう向けやしないよ。そんなことさえする価値がない人間だから。ただ一つ、私の人生に2度と現れないで欲しいんだ。そこまで思わせたのは誰なのかなんてワイダニットもフーダーニットも必要ない問い。こんな本音を飲み下して耐え忍んだその先に君のブルースカイがあるのならいくらでも泥を浴びよう。君が心地よくここで微睡むことができるなら、そんな不快感だって押し留めて見せるから。
本当は作るつもりのなかった巣を飾り立て、居心地の良い自分の毟った羽を広げて、柔らかく暖かく包み込む。君が君を許さないなら、私が君に優しい世界を作ろう。翼が抜け落ちた後の露出した皮膚が裂けたって知ったことかと言って見せるよ。化膿して飛び立てなくなったとしたって構わないという覚悟はとうにできている。手を伸ばしたい赤色の空にはもう向かえないんだからおしまいなんだ。広い海に沈むことも獣に食い荒らされることも多分ないまま、世界は閉じていく。それでいい。君の苦しむ声をもう聞きたくなんかない。


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