「米国株100%、日本株は不要」という人の落とし穴

今年の2月末、日経平均が3万円に乗り、NYダウが3万1000ドルだったときに、筆者は「株価はバブルか否か」をテーマとした雑誌の対談に参加した。

強気派役の証券会社経営者は「バブルではない。まだまだ上がる」と言い、弱気派役の行動経済学者は「すでにバブルであり、直ちに弾けてもおかしくない」と絡み、調整役(?)の筆者は「株価はバブルを形成中だが、まだ弾けないだろう」と述べた。

それぞれの意見が少しずつ当たり、少しずつ外れて、誰が当たって、誰が外れたのか、判然としない。相場をテーマとした対談は、だいたいこのようなものになる。

近年、日本の株価の動きは、外国の株価、特にアメリカの株価の動きとの相関が高まっていた。直近のデータで両者のリターンの相関係数を計算すると、0.8に近い数字が出る。相関性は非常に高い。年金基金のような投資家にとっては、ここ数年、「国内株式」と「外国株式」の分散投資効果が乏しいことが運用管理上の悩みの種だ。

日本の株価は、外国(特にアメリカ)の株価が上がると連れて上がるし、アメリカの株価が上昇(下落)するときには米ドルの対日本円為替レートがドル高に(ドル安に)動く場合が多いので、その為替レートの動きがまた日本の株価を上げる(下げる)といった影響を受けていた。しかし、ここ数カ月は、前述の通り、アメリカの株価が上昇するいっぽうで、日本の株価は「取り残された」という以上に下落した。

両国の株価が逆行したことに対しては、2つの理由が考えられる。1つ目は、新型コロナワクチン接種のスピードの違いに起因する両国の経済回復タイミングの差によるものだ。この時間差を「ワクチンラグ」と名付けよう。

IMF(国際通貨基金)は7月27日に発表した2021年の経済見通しで、アメリカのGDP(国内総生産)の実質成長率を前回見通しから0.6%上方修正して7.0%、日本の成長率を0.5%下方修正して2.8%とした。世界の経済見通し全般については、「今回の見通しでは、4割がワクチン接種を終え、経済対策も続ける先進国と、そうした環境が整わない新興・途上国との格差がさらに広がった」(『朝日新聞』7月27日)と報じられている。日本は「新興・途上国」に近い。

ワクチン接種で先行して経済再開が進むアメリカと、ワクチンで半年以上遅れて、現在、感染が再拡大して緊急事態宣言の範囲が首都圏3都県と大阪府にもひろがろうとする日本の、国内経済の差は株価にとって大きい。ちなみに、株価には前回予想からの「上方修正」、「下方修正」の変化が効く。これは、個別企業の株価に、利益予想の修正が効くのと同様の現象だ。

もう1つは、効果の検証が難しいのだが、日本銀行がETF(上場型投資信託)の買い入れに対して消極的になったことだ。株価は十分高い(「リスクプレミアムが高くない」とはそういう意味だ)と思うようになったのか、「株価が前場で前日比マイナスなら、後場には日銀が買い出動してくれる」といった期待と安心感が市場で働きにくくなった。

ただし、もともと「日銀のETF買い」の株価に対する効果には2説あった。第1の説は「株価が下がれば日銀が買い支えてくれるだろう」という予想を通じて、株価の下支え要因だったというものだ。

第2の説は、日銀のETF買いの株価に対する影響はそう大きくない。外国人投資家のまとまった売りなどで株価が一時的に下がったときに、日銀がETFを買うのは、個人投資家が日本株を安く買うチャンスを奪っているだけで、株価水準に大した影響はない、というものだった。どちらが正しいのかは判然としない。

真実はおそらく、2説の中間のどこかにあるのだろう。他方、本論から外れるが、日銀が大量のETF買いを通じて日本企業の大株主になったものの、そのETFの処置を持て余しているように見える。「日銀は、将来、自分が買ったETFをどうするつもりなのだろうか?」との心配は、日銀のETF買いの株価に対する影響について、「あり」「なし」何れの立場に立つ人にとっても、大きな疑問であると同時に将来の懸念材料だ。

主要先進国とわが国の間には、ワクチン接種の進行スピードに半年〜1年の時間差(ラグ)があることは認めざるをえない。政府批判は本稿の目的ではないが、日本政府のワクチン確保行動の拙さが響いた。政治家と官僚を総合した、日本の政府の相対的な力が先進各国に劣ることがここに表れている。

ただし、株式の投資家は、悲観するには及ばない。

「ワクチンラグ」が単純な「ラグ」であるとするなら、日本株の投資家は、今後のワクチン接種の進行に伴う日本経済の回復が株価に織り込まれる過程を楽しみにしていていいという理屈になる。「下方修正」が「上方修正」に転換するときの効果は大きい。

経済学の議論でよくあるように、「他の条件を一定とすれば」この期待には、そう大きな無理はない。 実は、わが国の昨年の税収が60兆円を超えたことからも推測できるように、「企業全般」の収益は、すでに昨年からアメリカ・中国をはじめとする海外の経済伸長を背景に悪くない状況を迎えている。日銀短観で言うところの「大企業製造業」は好況に振れている(儲かっている人は「私は儲かっている」と大きな声ではなかなか言わないが)。

コロナで厳しいのは、飲食・旅行観光・小売り・エンターテインメントなどの対人接触型の内需産業だ。もちろん、ワクチン接種が進んで、これらの業種の収益が底上げされると、それが他の産業にもプラスに波及するから、今後プラスに表れる「ワクチンラグ」には期待していいはずだ(そうならなければ、それは、さらなる「失政」だろう)。

他方、アメリカでは今年に入ってからインフレに対する懸念についてFRB(米連邦準備制度理事会)の議論が話題になるように、「景気過熱→インフレ→金融緩和の縮小・終了」に対する心配が、株式市場にとって最大の懸念材料になっている。この場合、日本株も下落に巻き込まれることになるだろう。

ワクチン接種が進んで、やっと日本経済が広く回復する過程に向かうときに、アメリカの株価が大崩れするといった展開がありえなくもない。

ちなみに、ワクチン接種進展に伴う経済回復後の第2の心配は、日本の政府が性急な「財政再建」に舵を切ることだ。不人気な現在の船長(=菅義偉首相)が交代する可能性が出てきたが、次の船長には財政再建派が就くリスクがある。こちらの可能性は、株価だけでなく、日本経済全体への大きなリスクシナリオだ。

心配ばかりしても仕方がないのだが、「可能性」は頭に入れておくほうが、将来の事態に対処しやすい。

筆者は、株価についてコメントする論者の中で、現在、相対的には日本株に対して好意的なほうに属すると自認している。

一方、長期投資的な観点から、「日本株への投資は、もういらないのではないか」と言う個人投資家が実は増えている。その主な理由は①予想される日本経済の成長率の低さや、日本企業の企業統治の改善がなかなか進展しない②アメリカをはじめとする海外企業の株式時価総額の拡大に対して日本企業の時価総額が見劣りするようになり、そのことから生じた世界の株式市場の中における「日本株」の地位が低下している、といったことだ。

筆者は、それでも、日本の居住者は「日本株に、そこそこには投資していいのではないか」と思うのだが、理由が2つある。

1つ目は、われわれ日本の個人投資家が将来に必要とする支出は円建てなので、リスクとリターンのバランスを考えたときに、日本に居住する人にとっては、円建ての株式リスクをある程度持つことが合理的になりうるということだ。外国株式への投資は、為替リスクがある分不利になりやすい。この点を考えると、投資を「外国株のみ」に割り切ろうとするのは、力みすぎだ。

もっとも、日本円の為替リスクは、世界の金融政策の方向性が一意していることもあって、近年、かつてほど大きくはない。

2つ目は「株主本位の経営」(典型的には自社株買い)をすでにやりすぎに近いくらい行っているアメリカ企業よりも、日本企業のほうが株主本位の経営による株価上昇のポテンシャルを残しているのではないかという、やや長期的な推測がある。

この推測は、正しいかも知れないし、正しくないかも知れない。今後、日本企業のガバナンスがアメリカ企業的なものに移行するのなら、ビジネスが同じでも「ガバナンスが改善するだけで」追加的なリターンを生むことができる。合理的だとは思うのだが、筆者の個人的な(逆張り趣味的な)「賭け」が少々だが含まれている。

ダメだ、ダメだ、と言われる日本株で儲けるのは、なかなか気分がいいではないか。

もっとも、個人投資家が気にするリスク・リターンのスケールから考えると、リスクを取る運用部分について、例えば①国内株式50%+外国株式50%②国内株式40%+外国株式60%③日本株を含む世界株式100%④日本株を含まない世界株式100%、のそれぞれどれがいいのかは、現在判然としない。

それぞれはお互いに、「近い」いっぽうで「差はある」のだが、その「差」が小さくなっていて、かつ今後どのように動くのかが判然としない。

そうなのだとすると、個人投資家にとっては③で割り切るのが最も簡単で現実的かも知れない。資産運用をシンプルにしたいと思う投資家には、「全世界株式」を対象とするインデックスファンド(海外ETFを含む)を検討してみることをお勧めする。


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