物語へのいざない。"風景のアロマ"を持つお酒「GOTOGIN」が生まれるまで。【旅先案内人 vol.26】
味や香りが、あの時の、あの場所の記憶を呼び起こす
“思い出の味”という言葉があるように、味や香りは、ふとしたきっかけで、過去の記憶と結びつき、その時の記憶や感情を蘇らせてくれることがあります。
作家の村上春樹氏は、東京のバーでシングル・モルトを飲む時に、旅先で訪れたスコットランドの小さな島の風景を想い浮かべながらグラスを傾けるのだと、著書の中で語っています。なだらかな丘を駆け上がっていく海からの強い風、暖炉のオレンジ色の光、鮮やかな色合いの家々の屋根にとまる白いかもめたち・・・。
“風景と結びつくことで、お酒はアロマを取り戻す”
アロマ(=よい香り)は、その場所にいながら、私たちを遠い世界へと連れ出してくれるパワーを持っています。そして、良いお酒はアロマを秘め、風景と結びつくことで、それを取り戻していく・・・。そんなお酒の持つ力を信じ、その土地の物語を表現するお酒造りに挑む、三人の大人たちがいました。
五島つばき蒸溜所は、クラフトジンの蒸溜所です。「風景のアロマに満ちたお酒」を作ろうと、長崎本土より100km離れた五島列島福江島で、お酒造りに取り組んでいます。島の歴史や文化、土地の香り。そんなストーリーとアロマを秘めたお酒が「GOTOGIN(ゴトジン)」です。販売開始早々に入手困難にもなったGOTOGIN。五島の地でどのようにして生まれ、どのように"風景のアロマ"を表現しているのか。蒸溜所の皆さんにお話を伺いました。
静寂とやすらぎが守られた、「半泊」の地
島の中心地から、車を走らせること30分ほどの場所に「半泊(はんとまり)」という小さな集落があります。道中は「道は合っているのか?」と少し心配になるほどの細く険しい山道です。
緑が生い茂る山道を抜けると、美しい入江が。きらきらとした海の青が目に飛び込んできます。五島列島といえば、潜伏キリシタンの歴史とゆかりが深い地ですが、この半泊も、かつて弾圧を逃れやってきた人々が暮らした場所でもあります。江戸時代末期、数家族の潜伏キリシタンがやってきましたが、全員が住み着くには狭すぎたため、半数だけがここにとどまったことから「半泊」と呼ばれるようになったと言われています。
現在は、5世帯6人の小さな集落。海のすぐそばに「半泊教会」という可愛らしい教会が佇んでおり、静寂とやすらぎが守られた場所です。教会は、1922 年に建てられ2022年に100周年を迎えました。この地でお酒造りに取り組むのが「五島つばき蒸溜所」のみなさんです。
出迎えてくれたのは、三人の男性たち。こんがりと日焼けをした肌が、半泊の海によく似合います。門田さん、小元さん、鬼頭さんは、大手酒造メーカーのキリンを辞めて、五島へ移住。この地で、クラフトジンを造りにチャレンジしています。
"お酒はカッコよくて、豊かなものだ”
門田:「やりたかったのは『その土地をお酒で表現する』ことでした。僕らが心惹かれるのは、土地に根ざしたもの、風土に近いもの、その土地の作物。その上にある物語。もともと、お酒というのはそういうものだったはずなんです。"お酒はカッコよくて、豊かなものだ”という原点に立ち返ろうと思いました。」
蒸溜所の代表の門田さんは、大学卒業後にキリンビールに入社。学生時代から、村上春樹の小説に登場するようなバーやお酒に憧れて、お酒の世界へ。アルコール飲料の「一番搾り」や「氷結」などヒット商品の開発に携わったのち、50歳を前にこれからのキャリアや生き方を見つめたとき、「物語のあるお酒を作りたい」と考えたそうです。そこで、当時同じ会社に勤めていた、小元さん・鬼頭さんに「一緒にお酒を造ろう」と相談を持ちかけました。
門田:「キリンで作っていたような、大量消費を前提とするようなお酒は、どちらかというと日用品のような存在。たくさんの人を幸せにできることは素晴らしいのですが、そこに物語やロマンをのせるのは難しい。自分たちが一番美味しいと思えるものにチャレンジして、世界へ挑みたい。3人でやるからには、物語のあるお酒を造ろうと考えました。そして、物語を表現するならば、やっぱり"ジン”が良いだろう、と。」
それぞれが会社を退職し、2022年に五島へ移住、12月に「五島つばき蒸溜所」を創業し、ゼロからクラフトジン造りがスタート。ジンは製法や香料に決まりが少なく自由度が高いため、"その土地を表現する"にはぴったりだったそう。三人とも、50歳を越えてからの脱サラ、移住、そして新たなチャレンジ。不安はなかったのか?と尋ねると、「あまり考えなかったですね。今までの経験や技術、すべてが役に立っている。集大成という感じです。」と笑顔で語る門田さん。
お酒の持つ、真の力を信じて
まずはじめに門田さんが声を掛けたのが、共に仕事をした経験があり、親交も深かったマーケティング・ディレクターの小元俊祐さんでした。キリンでは30年以上に亘って洋酒を中心に商品開発や広告宣伝、ブランドマネージャーなど幅広い業務を担当されてきました。小元さんは、元々はお酒造りをするために会社を辞めた訳ではなく、退職後の予定も決めていなかったそうです。
小元:「私は、しばらく何もしない時間を作りたい、先のことは考えずに、一旦職場を離れようと思っていました。30年以上お酒のことをやってきたので、正直お酒の仕事はもうやることはないだろうな、と。ところが、門田さんに一緒にお酒を造りましょうと誘われて、"まだ続きがあるな"、と感じたんです。これから先どんなものを造りたいかと考えた時、マスの商品を作って広告を打つことも、それはそれでやりがいもありましたが、もっとひとりひとりにダイレクトに届くような・・・。丁寧にこだわって自分たちにしか造れないお酒を造りたいと思いました。」
小元:「物語のあるお酒は、気持ちを豊かにしてくれて、新しい世界に連れて行ってくれると思うんです。その気になれば、時間とお金をかけて、現地に行くこともできるけれど、ひとときの時間の中で、そういう体験ができる魅力がある。お酒には、そんな力があると思うんです。」
非効率を惜しまない。究極のジン作りへの挑戦
蒸溜所へ案内してもらうと、ひときわ目立つ大きな蒸留機が存在感を放ちます。その周りに、たくさんのタンクが所狭しと並んでいました。その数、なんと20個。
門田:「世界で一番タンクの多い蒸溜所だと思います。『GOTOGIN』には、二つのこだわりがあるのですが、そのうちの一つが"すべてのボタニカルを個別に蒸留していること"です。一般的なジン造りでは、ボタニカルをまとめて蒸留することが多いのですが、それだと微かな苦味が雑味が出てしまう。そこで、17種類のボタニカルを全て個別に蒸留し、1番良い状態で成分を抽出しています。通常の20倍くらいは手間がかかっていますが、素材に向き合った結果、これより良い方法はなかった。今までの会社では絶対できなかったですね(笑)」
もう一つのこだわりは、五島産の椿をキーボタニカルにしていること。五島は全国有数のヤブツバキの自生地でもあり、古くから椿油などの生産がさかんに行われていました。五島の暮らしと深く結びつくシンボル的な存在でもあり、潜伏キリシタンの生活や信仰の上でも、とても身近な植物です。
門田:「教会の装飾として椿が使われていたり、五島の椿といえば、特別な存在です。島の暮らしを支えてきたという背景もあり、椿は潜伏キリシタンの人たちの精神性にもつながっている。そう言った意味でも、椿を使いたいという想いは強かったのですが、蒸留して驚いたのが、その味わいです。椿の種に油が含まれているので、蒸留する時に飛沫に油がつくため、少しオイリーな原酒がとれる。そのおかげで口当たりがやわらかく、全体を調和する役割を果たしてくれています。香りは穏やかで優しい印象です。」
GOTOGINはアルコール度数が47度にも関わらず、とげとげしさがなく、ストレート、ロックで飲んでもやさしい余韻が残ります。それも椿の効果なのだとか。土地を表現したいという思いで使用した椿で、結果的に他のジンにはない味を表現することができた。なんだか不思議な"縁"も感じるエピソードです。
天に星、地に花、人に慈愛の場所。慈しみ溢れる土地。
五島つばき蒸溜所では、定番ラインに加え、五島の美しい空と雲をテーマに、移り行く五島の季節の「今」の表情を表現した数量限定のジン『GOTOGIN空よ雲よ』シリーズを開発しています。ラベルには、「天空の城ラピュタ」「時をかける少女」等の名作アニメーションの映画の美術監督を務めた、五島列島出身の山本二三氏の美しい絵画が使用されています。
門田:「山本二三先生に、一方的ですがラブレターを書いたんです。二三先生の絵は慈しみに富み、実際の風景よりも風景のアロマを感じる。僕らのジンもそういうことがしたい。飲んだら、五島の空を思い浮かべるようなお酒を造りたい、と。何か共鳴するものがあると感じ、一緒にやりたいとお伝えしたら、快く答えてくださったんです。二三先生にラベルの絵を描いていただき、その時に感じた想いや、風の匂いをヒアリングし、鬼頭さんが味づくりに活かしています。」
門田:「第一弾の企画で、半泊の絵を描いて頂いた時に、二三先生はこの場所をどう思うかと尋ねみると、『天に星、地に花、人に"慈愛"の場所です。』と。
お酒にはいろんな役割がありますが、GOTOGINでは、最初から『蘇生』や『癒し』をテーマにしていました。キリスト教の精神が根付いているからなのか、島のひとたちや島の自然に触れるたび、五島列島やここ半泊の地にも、そういった『慈しみ』や『慈愛の心』を感じていて。最初は、半泊なんて交通の便も悪いし、やめた方が良いと言われていたのですが、なぜかこの場所に強く惹かれていたんです。この場所に感じた、慈しみの想いは、間違っていなかった。二三先生の言葉に、勇気をいただきましたね。」
※山本二三氏は2023年8月19日にご逝去されました。心から哀悼の意を捧げます。
まるで、印象派の絵画のように。ジンの持つ表現力を引き出す
門田さんと小元さんが構想を進める中、お酒造りに欠かせないブレンダーを誰にするか?と考える中で、あの人しかいない!と白羽の矢が立ったのが、鬼頭英明さんでした。同じくキリンで30年以上にわたり、ウイスキーのブレンドや原酒開発を担当。おふたりが口を揃えて“天才ブレンダー”と語る鬼頭さんは、キリンを代表する数々のヒット商品の中味を開発されてきました。
鬼頭:「ウイスキーは水墨画のようで、ジンは印象派の絵画なんです。」
そう語りながら、味造りの現場を案内してくれた鬼頭さんのテーブルには、まるで実験室のように原酒の瓶がずらりと並んでいました。
鬼頭:「印象派の名画は、風景の香りや色を感じたままに絵の具を混ぜ合わせずに描きます。その場の空気の香りが立体感を持って伝わってきますよね。ジンのブレンドも、そんなイメージなんです。原酒はそれぞれ絵の具のような存在。どういう割合で合わせていくかで表現したい味、香りができていく。半泊の地を表現するとき考えたのは、海から吹く風の匂いや、山の深いみどり、テングサなどの海藻をおばあちゃんが拾ってくる光景、磯や潮の香り・・・。風景に加えて、潜伏キリシタンの方達が、慎ましいながらも穏やかに暮らしてきた長い歴史がのってくる。絵と同じで、景色を見た時に感じたもの全てからインスピレーションを得ています。」
GOTOGINを飲んで印象的なのは、しっかりとドライなキレを感じながらも、柔らかさと甘い香りがふわりと香るその味わい。穏やかなおいしさの秘密は、この場所ならではの慈しみの心や精神を、鬼頭さんがお酒の味として表現豊かに描いていたからでした。
鬼頭:「原酒、絵画でいう絵の具を作るときは化学のイメージ。例えば、蒸気のラズベリーと煮出したラズベリーは、香りや味が全然ちがうんですね。それぞれの素材がうちに秘めた香りを最大限引き出すには、最適な方法とタイミングがあります。ふつうジン造りは、いっぺんに蒸留していますが、究極のお酒づくりをするために、その一歩先に踏み出した。ひとつひとつを個別に蒸留することで、微細な違いも使い分けてブレンドしています。」
五感を目一杯つかい感じる土地の香りや風土。そして、ひとつひとつの原酒をロジカルにつくりあげ、ブレンドしていく。鬼頭さんの酒造りは、感性と化学が織りなす芸術のようでした。
物語へといざなう。旅情を掻き立てるお酒「GOTOGIN」
鬼頭:「GOTOGINを知って、この場所に興味をもっていただいて、ちょっと調べてみて、実際の写真や物語に触れる。実際にどういう匂い味がするのかはGOTOGINで感じて、飲んで”旅"をしてもらえれば。それで、もっと興味がわいたら、現地まで旅をしていただければとても嬉しいです。」
小元:「実際にGOTOGINを飲んで、こんな辺鄙な場所にある蒸溜所まで足を運んでくれる方もいっぱいいるんです。五島リトリート rayのお客様も、実はとてもよく訪れてくれます。お酒がこの場所へと繋いでくれていると思うと、ぐっときますね。」
GOTOGINから染み出す物語が、五島や半泊の地へと感性を誘う。そんなふうに旅情をかきたてる力が、お酒に秘められているのだと感じました。"風景のアロマ"。それは、時には記憶を呼び覚まし、時にはまだ見ぬ景色の旅へと私たちを連れ出してくれる・・・。そんなロマンとストーリーが、GOTOGINには詰まっていました。
<お知らせ>抽選で、『GOTOGIN 空よ雲よ』をプレゼント。
8月30日(水)に、私たち五島リトリートrayは開業から1周年を迎えました。五島に足を運んでくださったみなさま、遠くから応援してくださっているみなさまに感謝の気持ちを込めて、プレゼントキャンペーンを実施中です。
抽選で、五島つばき蒸溜所の「GOTOJIN」山本二三氏とのコラボレーション商品など、五島の産品詰め合わせや、ペア宿泊券をご用意いたしました。みなさまのご応募、お待ちしております。応募の詳細はこちらをご覧ください。
取材協力:五島つばき蒸溜所
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