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【ファンタジー】鬼魂の扉

 旧タイトル「里を守る山寺」を元にして作ったのが「鬼魂の扉」です。ストーリーはほとんど同じですが、構成などを見直して電子書籍化しました。
Apple Booksでの販売です。
 以下に元となったnote上の小説を掲載します。

里を守る山寺

 四方を山に囲まれた真ん中の山の奥深い中腹にひっそりと崖に寄り添うように建てられたお寺がある。ここには住職も働く者もいない。少なくとも、生きている人間はいないのである。そして、この寺から山頂に向かっていく道は途中で途切れているし、人が登っていくことは禁止されている。なぜなら、山頂付近には、念の歪みで空に現れる鬼が住む世界に通じる扉があり、鬼魂の扉と呼ばれていた。冬の季節に入ってからの闇夜の時と月蝕が起きる日に鬼魂の扉が開いて、鬼が現れる事があるのだ。鬼と言っても、昔話に出てくるような鬼ではない。人間には見えない。強いて言えば魂のようなものである。そして、その魂のような存在は、人々の憎悪を増幅させる能力を持っており、人の邪悪さを表面に出させてしまうのだ。そうなると人々は憎み合い、殺し合いを始めてしまい、最後のひとりになるまで続けられる。そして最後の一人となった人間は、憎悪の塊となった魂を抜き取られ、鬼たちによって持ち帰られてしまうのだ。最終的に鬼が訪れた村は、人っこ一人いない廃墟になってしまうのである。

 鬼の存在は人間には見えないので、人間にはこの鬼に対して応戦することができない。そこで、先人たちは熟考した結果、誰かが魂となって守り人になるしかないと結論づけた。十人の修行僧は自ら名乗り出た。そして生仏となり地中に埋められ、寺を守る魂となったのである。その証として、祠が作られ十体の石の人形が作られ祀られた。魂となれば、鬼の魂を感じることができる。人々を守るという慈愛の力で邪悪な魂を鬼魂の扉の向こう側へと弾き返すことが可能になるのだ。残念ながら、鬼魂の扉を消滅させるだけの力は持っていない。そうなるには、まだ時を百年かける必要があった。今はただ、鬼魂の扉が開いてそこから出てくる鬼の邪悪な魂を弾き返すのみだった。その戦いもすでに二百年続いてきた。人知れず静かな山寺で長い間繰り広げられていた戦いだった。

 山の麓の里では、二百年前からの言い伝えを代々伝承して、山寺へは近寄ることが無いようにしていた。ましてや山寺の正面の扉を開けることは絶対にしてはならないとし、鬼の魂を弾き返す力を持ったお札を山寺の正面の扉、二の扉、三の扉に貼られていた。また、この山寺を囲むように位置する四方の山の頂上の木には、お札と同じ効果を持つ念がこもった文字がお寺の方を向いて刻まれて鬼の魂を山寺から出さないようにしていた。

 毎年、山寺の正面の扉まで確認のため里の村で一番の年寄りから順に十人で山に登り、正面の扉のみお札を貼り替えていたのである。坂が厳しい道ではあるが、年寄りたちがこの役目をになったのには理由があった。万が一、事故が起き鬼が出たら真っ先に鬼の餌食になる。しかし、年寄りなので歩く速度も遅い、ましてや里まで来たとしても、取り押さえるのは容易だ。それに鬼に取り憑かれた人間が死なない限り、鬼の魂は次の人間に乗り移れない。もし鬼に取り憑かれたら、まだ取り憑かれていない年寄りの誰かが、額に朱をつけて取り憑かれたことがわかるように印をつけることになっていた。年寄りを犠牲にした苦肉の策だったのだ。というより、年寄りが自発的に買って出たこの対策が延々と今も続いているのである。この仕事は、決まって、毎年の大晦日の夜に実施される。年寄りたちが無事に戻ってきたら、みんなで新年をお祝いできるので一年の締めくりという意味もあった。当たり前だが、これまで無事に帰ってこなかったことはなかった。少なくとも、去年の年末までは。

 今や、山の麓にある里は、周りから移り住むものも増え、二百年前は百人足らずだった人口が今では、不便な里ではあるが約千人にまで増えていた。もはや、昔の言い伝えを知るものはほんのわずかとなってしまった。言い伝えを知る者たちは、山寺の存在を知り、面白がって扉を開ける若者が出てくるのでは無いかと内心ビクビクしていた。しかも、近年のウィルスによる被害者も出て里では噂も流れ始めた。昔出没していたという鬼の亡霊がすでに里まで来ているのではないかと。

 そうなると血気盛んな若者は何人か集まり、昔の出来事や言い伝えが保管されている資料館に行き、鬼に関する資料を探した。そして、ほとんど触られていない古い資料を読み込むうちに山寺の存在を知ったのだ。若者たちは山寺の存在が隠されていたことに疑問を持ち、もしかすると何かの財宝が隠されているのではないかと疑った。そうなると、山寺に行くことを年寄りには任せられないと思い、捜索隊を結成した。それも秘密裏に。若者たちは、山に登るのは明るい日がいいだろうということで、満月の日を選び、山寺に入ってみる計画を立てた。昼間はそれぞれ仕事があるし、夕方から夜にかけての方が都合が良かった。資料によれば、万が一の時には朱を額に塗ると書いてあるので、代用品として、朱肉付きの印鑑を各自持参した。そう、鬼が誰か体の中に入ったのを見たものは、印を額に押し付けるということを示し合わせた。しかし、鬼の話は山寺に近づけないためのカモフラージュだろうと思っていたので、真に受けていたわけではなかった。秋の風が冬の風に変わろうとする霜月の終わり頃のことで後何日が師走という時期だった。

 やがて満月の日が訪れた。若者たちは十人集まった。その半分は、財宝探しという行為自体が、面白そうだから参加してみようという興味本位で集まったものたちだった。だがリーダーを初め、他の五人は何とか秘密を暴いて公開してやろうと考えている、割と正義感の強い若者だった。それぞれの手にはれライトを持っているが、満月の月明かりで足元はかなり明るい。ただ、場所によっては木の枝が道に覆い被さっているため、月明かりは届かないところがあった。途端に暗闇へと変わるのである。暗闇では風の音や枝葉が擦れ合う音だけがして気味が悪かった。

「真っ暗になるとちょっと怖いな」
「そうだな、でも山寺まで行けばまた明るくなるんじゃないか、多分」
「おーい、みんな離れるなよ、足元には気をつけろよ」
「結構この坂、きついな、本当にこんなとこを年寄りが登ってたのかな」

 怖いもの見たさで集まった若者の大半は、昔の年寄りの方が体力があることを認識していない。年寄りといえども、毎日山を歩き山菜をとったりしていたのだから、今の若者よりもはるかに筋肉質だったのだ。そして、暗闇を恐れることもなかった。

 木の枝や竹が生い茂っている細い道の終点が見え始めた。枝で覆われたトンネルの向こうにうっすらと月明かりに照らされている岩肌も見え始めている。道はすでに獣道ではないかと思うくらいの細さと分かりにくさになっていた。歩き始めてからすでに2時間が経過しようとしている。月は真上まで昇っていた。平坦ではない足元に気を取られながら何とか前へ進み続け、トンネルの終わりまでたどり着くことができた。

「やっと明るくなったな、しかし、遠いな、こんなに遠いとは思ってなかったな」
「しかし、これをまた下って帰るのかと思うとゾッとするな」
「暗闇では本当に鬼に襲われるかもと思ったぞ」
「お前は、怖がりだな、今の時代に鬼なんかいるものか。何かを隠してるんだよ」
「そうそう、誰も近づかないように昔話を作って怖がらせているだけさ」
「金の延棒とかあるといいな、その時は山分けするのか」
「お前はバカか、里のみんなに公開してどうするか決めるんだよ」
「なーんだ、てっきりネコババするのかと思ったのに、まぁ仕方ないか」
「俺たちは悪いことをしようと思ってるわけじゃないだろ」
「まぁね、でもちょっとぐらいはいいんじゃない、こんなに苦労してるし」
「絶対ダメ」
「ハイ、ハイ」

 若者たちの興味は、鬼ではなく宝探しだったのだ。その動機が正義感でも不純なことからでも関係ない。ついに、里の年寄りたちが心配していたことが現実になろうとしていた。程なくして、若者十人は山寺の正門にたどり着いた。

「やっと着いたぞ、あっ、やっぱりお札が貼ってある」
「よし、こんなまやかし、剥がして寺の中に入ろう」
「今時、お札なんて信じる奴いないだろ」

 若者たちは躊躇することなく木で作られたお札を剥がした。しかし、もう二百年も開けていない扉である。扉と柱が長い年月で軋んでしまいなかなか開かない。一人では押しても引いてもびくともしない。

「全員で力を合わせて押してみよう」
「セーノ、セーノ、セーノ」

 ギギィーと鈍い音を立てて50センチほど扉が開いた。とりあえず、一人ずつ通ることができる隙間が開いたので、入って行った。なんとなく、前が見づらいほど暗く感じた。よく見るとただの門だと思っていたが、天井があったのだ。何と5メートルほど先に第二の扉があり、そこまで屋根がかけられていたのである。そういえば、資料に夜と鬼の魂を唯一閉じ込められる場所があると書いてあったな。ここのことなんだろうかと思ってはみたが、そもそも鬼の存在を認めていないので深く考えることはなかった。

 次の門まで窓のない部屋の状態になっているので暗いはずである。月明かりは届きようがない。ライトをつけて第二の扉の前まで進んだ。横幅は2メートル程度しかないため、全員は並ぶことができないが、第二の扉は、最初の扉と比較すると半分くらいの大きさであり、厚さもそれほどあるようには見えない。そこにも木のお札が貼ってあったので、若者は躊躇なく剥がしてしまった。

 第二の扉を開けた。今度は2人で力を入れて押すと造作なく開いた。扉をくぐり抜けると、左側は岩肌になっていて、右側は崖になっている。月明かりでよく見える。少し先に、また扉のようなものが見える。道幅は更に狭くなっていった。この頃になると、疲れからか、誰も話をしなくなり、黙々とひたすらに歩いているだけだった。20メートルほど進み、第三の扉の前にたどり着いた。例外なく木で作られたお札が貼られていた。ほとんど風化していてお札であっただろうとしか思えないほど痛んでいた。若者のリーダーは、ここの扉には屋根がないので痛みがひどいのだろうと考えたが、ふとした事が頭をよぎった。なぜ木のお札なんだろうと考えてみたのだ。まさか本当に二百年もの間開いたことがない扉だったのだろうかと思ったのである。もし、そうだとすると、鬼の言い伝えはもしかすると真実なのかもしれないという恐怖が襲い始めた。

「みんなちょっと聞いてくれ。お札は丈夫な木で作られて貼られていた。そして最初の門以外は新しいお札に変えられたような跡は見当たらないと感じたんだけどみんなどう思う」
「言われてみれば、そうかもしれないな。だとすると老人たちは中には入っていないということか、二百年もの間」
「え、我々はことごとくお札を剥がして入ってきたけど、新しいお札は持っていないぞ、それってまずくないか」
「なんか、やっぱり来ちゃ行けない所に来てしまったということか」

 探索隊のメンバーは、もしかしたら宝物があるかもしれないという気持ちを捨てがたいが、第三の扉のお札を本当に剥がしてしまっていいのかという気持ちも大きくなってきたのである。しかし、当初の意気込みは捨てがたい。みんなここまで来たら最後まで確認しようということで再度一致団結し、第三の扉に貼られているお札を剥がして、前に進んでしまった。やはり岩肌沿いに険しく細い道が作られていて、山頂の方に向かって伸びている。若者たちはためらいながらも進んでいった。

 もうすぐ頂上という手前で道のような窪みは途切れ、岩肌をくり抜いて小さな祠が立てられているのが見えた。その中には、十体の石の人形が祀られていた。そうこれは二百年前に自ら志願して魂となった修行僧達だったのだ。急に冷たい風が若者達に向かって吹いてきた。若者達は、ここまできて、財宝のようなものは何も見つからないことを認識して、徐々にこの場所にきたことを後悔し始めていた。

「やはり財宝らしきものはなかったな、早く戻ったほうが良さそうだ」
「ああ、この祠は資料館でみた文献にも書いてあった。本当だったんだな」
「鬼魂の扉が本当にあるかどうかはわからないが、犠牲になった僧侶はいたということなのかな」
「この祠のあたりに、十人の僧侶の魂が彷徨っているのかな」

 その時、祠の中の人形が一斉に「ガタン」と音を立てた。若者達は背筋が凍りつくような気持ちの悪さを感じ、石の人形に手を合わせた後、その場を立ち去ることにした。第三の扉に戻り、きれいに閉めて第二の扉へ行き、ライトをつけて第一の扉まで一気に駆け降りた。しかし、第一の扉は押して開けてしまったので、引かなければ閉まらないが、ピクリともしなかった。押すときは十人が協力して押せたが、引く方はそうは行かなかった。動かない。

「仕方ない、第一の扉はこのままにして帰ろう。今日のことは俺たちだけの秘密だぞ、誰にも話をしちゃ行けない、いいな」
「みんな分かってるよ」
「でも、お札は剥がれたままだぞ、いいのかな」
「・・・」

 若者は里に戻り何事もなかったかのようにそれぞれの家に帰り、布団に潜った。翌日には、みんな何食わぬ顔で仕事をしたのである。ちょっとした後ろめたさを感じてはいたものの、特に何も起きることはないだろうと軽く考えていた。ただ、探索隊のリーダーだった若者は、闇夜の日に鬼の扉が開くという資料の記述を思い出していた。

 そして、師走に入り闇夜の日が訪れた。山寺では慌ただしい動きが出ていた。修行僧の魂が石の人形から出て、山頂付近を周回して鬼の魂の出現に備えていたのだ。修行僧の魂は、お札が剥がされていることに気づいていたが、魂の身ではどうすることもできない。肉体を持っている人間でないと貼り替えることができないのである。鬼の魂に気づかれることなく、鬼魂の扉から出てきた鬼の魂を開いた扉の向こう側に戻すだけだ。山頂の真上の空が渦巻きのようになり中央部分に暗闇の空よりも黒い漆黒の穴が開き始めた。いよいよ、鬼魂の扉が開くようだ。ヒューッという音ともに、漆黒の穴に周りの空気が吸い込まれた感じがした途端、黒い魂が勢いよく飛び出してきた。鬼の魂だ。一つ、二つ、三つ、四つと飛び出してくる。それに合わせるかのように、修行僧の魂が黒い魂に体当たりをする。一度、二度、三度、黒い魂はたまらずに漆黒の穴の鬼魂の扉の向こうに弾き返される。幾度となく繰り返される戦い。これまで同じような戦いを何回繰り返してきただろうか。魂がぶつかりあうたびに、空が一瞬歪んだようになる。鬼の魂の出現もだんだんとタイミングや数が変化してきていた。今回は、出てくる鬼の魂の数がこれまでより多く感じられた。修行僧の魂は一度に一つの魂しか相手にできない。つまり、十個の魂以上が出現すると対応できないのだ。しかし、お札に守られていれば山寺からは降りることができない。なので、十個の魂を弾き返したあと、残りの魂と戦うことでこれまでも凌いできたのだ。

 しかし、今夜はお札が剥がれている。鬼の魂の一つが山寺の第三の門に向かった。修行僧の魂が追いかける。しかし、その後ろから別の鬼の魂が近寄ってきて、修行僧の魂を弾いた。第三の門に来た鬼の魂は恐る恐る門をすり抜けようと試みた。お札が貼ってあれば、ここで弾かれる。だが、鬼の魂は、何事もなかったかのようにすり抜けてしまった。鬼の魂の一つが、一気に、第二の門、第一の門まですり抜けてしまった。それを悟った他の鬼の魂は、一斉に僧侶の魂に向い、後を追っていくのを阻止した。ひとしきり僧侶の魂を妨害したあとは、これで十分というように鬼の魂は、扉の向こうに帰っていった。通り抜けていったたった一つの魂に全てを託して。

 山寺を通り抜けた鬼の魂は、あっという間に里までやって来た。まだ夜明けまでには時間がある。今のうちに取り憑けば、かなりの人間の魂を喰らうことができる。そうすれば、鬼の魂はさらに力を増すことができ、修行僧の魂でも防ぐことができなくなってしまうだろう。鬼の魂は、最初に取り憑く人間を品定めするかのように、家々で寝ている人間を見て回った。できる限り、屈強な人間の方が多くを餌食にできるだろうと物色していたのだ。

 その頃、山寺では、修行僧の魂が集まり、取り逃した鬼の魂に対しどうするかを協議しながら全速で里に向かっていた。修行僧たちは、犠牲を最小限にするため、鬼が取り憑いた人間を生かしたまま捉えることを思案し、山寺のお札を剥がした若者に修行僧の魂が取り憑いて対応することを決断した。人間に取り憑いた魂は、人間が取り押さえる必要がある。しかし、鬼が取り憑いた人間は、とてつもなく凶暴になるので、十人がかりでも勝算は五分五分だ。しかし、それ以外に打つ手はない。修行僧の魂は分散して十人の若者の家を探し取り憑いた。幸いなことに、鬼は十人の若者以外に取り憑いたようだった。修行僧の魂に取り憑かれた若者は、その心も一旦閉じ込められ、修行僧が生まれ変わったかのようになる。それぞれが休んでいた家を飛び出し集合した。手には、それぞれロープを持っている。何とかして生きたまま捉える必要がある。死んでしまうと、また違う人間に取り憑いてしまうのだ。

「きゃー、助けてー」
「うわー、何だこいつ、狂ってるぞー、逃げろー」

 聞こえてくる悲鳴の方に急いで向かう。そこにいたのは、2メートル近い大男でロシアから日本に旅行できていた学生だった。筋骨隆々で一筋縄では取り押さえられそうにないくらい暴れ回っていた。右手にはどこから手に入れたのかナタを持っている。幸いまだ犠牲者は出ていないようだ。急いで、このロシア人の周りを囲み動きを止めた。そして周りの人間に早く里の寺に避難するように促した。しかし、抵抗は激しい。取り憑かれたことで運動能力も上がっているようだ。ナタを振り上げて走り始める時のスピードが半端ではない。構えたと思ったら、瞬時に2メートルは移動できている。

 鬼との戦いが始まった。と言っても見た目は狂った人間を取り押さえようとしている若者十人の戦いである。若者たちは十分な距離をとって前後左右に動いて鬼を撹乱していた。しかし、このままでは決着はつかない。すでにこう着状態は、10分くらい続いている。このままでは、修行僧の魂によって身体能力が上がっているとはいえ、若者たちの体力が心配だ。若者のリーダーはこの状態を打開して、鬼の動きを止めるには、鬼の気を引いた瞬間に倒すことをしなければ勝ち目はないと考え、自分自身に鬼の気を惹きつけることを思いついた。若者のリーダーから指示が出た。

「俺が飛ぶから背中を貸せ。そして、飛び上がった瞬間、鬼は俺の方に気を取られるだろうから、全員のロープで足をすくって倒してくれ、そして、俺がナタを取り上げ、みんなで縛り上げる。いくぞー」

 一人の若者がリーダーの前に回った。そして走り込んで来たリーダーは背中に乗りロシア人学生の右手の方向から大きくジャンプして、ロシア人学生に向かっていった。修行僧の魂のおかげで、3メートルほど上空に向かってジャンプでき、対空時間もある。ロシア人学生は飛び上がったリーダーの方を確認してナタを振り上げダッシュしようとした瞬間だった。

「今だー」飛び上がりながらリーダーが指示を出した。

 他のメンバーは、ロープをお互いに持って、ロシア人学生の足めがけて正面と背後から挟むようにスライディングした。うまく足を捉えた。ロシア人学生は、リーダーに気を取られていたのとダッシュしようとして前に体重がかかっていたため、ロープに足を取られ、前のめりに顔面から地面に倒れ込んだ。そして、その背中の上にジャンプしていたリーダーが着地すると同時に、学生が右腕で持っていたナタの柄の部分ににロープを巻き付け、一気にロシア人学生の後方に向かってジャンプした。ロシア人学生は、右手を後ろ側に引っ張られることになり、たまらずナタを手放した。すかさず、他のメンバーが体にロープをかけ縛り上げた。ふいをつかれたロシア人学生は鬼の魂に取り憑かれたまま捕まったのである。口からは泡のようなものを吹きながら叫び声をあげている。鬼の魂がまるで仲間を呼んでいるかのようだった。何とかこのまま夜明けまで縛り上げたまま逃がさないようにしなければならない。夜明けになってしまえば、暗闇でしか存在できない鬼の魂は浄化されて消滅してしまうのだ。

 一先ずは惨劇になることは防ぐことができた。しかし、安心はしていられない。修行僧の魂が山寺にいないことが悟られると他の鬼の魂が出てきてしまうかもしれない。そこで、多少の危険は伴うが、十人の内五人の修行僧の魂が山寺に戻り鬼の魂を食い止めることを決断した。人間の足では到底間に合わないので、人間から離脱して山寺に戻っていった。修行僧の魂が抜けた若者はその場に倒れ込んでしまった。可哀想だが夜明けまでは起きられないだろう。何とか夜明けまで鬼の魂を防いでくれることを期待するばかりだ。

 一方、山寺のある山の頂上では新たな展開が始まろうとしていた。急ぎ戻った修行僧の魂5人は、上空を旋回し鬼の魂の動きを見張っていた。その頃、鬼魂の扉の内部では、鬼たちが異変に気づき始めていた。それもそのはずだ。鬼の魂の一つが里に行ってしまったので、戻ってきていないのだ。鬼たちは、今日やっと外に出られる日が来たのかもしれないと思い始めていた。修行僧の魂に対し第二陣の鬼の攻撃が始まった。鬼の魂は気がついた。いつもより修行僧の魂が少ないことに。しかし、残された夜明けまでの時間は、あと2時間足らず。鬼たちも総攻撃をかけることは諦め、人間たちの魂をできるだけ多く集めるため、精鋭集団で挑むことを決断し、三鬼の魂を送り出した。一つの魂だけ時間差を作り遅れて出ていった。空中の鬼魂の扉から現れた鬼の魂に対し、修行僧の魂は応戦した。しかし、リーダー不在の影響は大きく連携に乱れが生じた。何とか二つの魂を弾き返したところで、残り一つの鬼の魂を取り逃してしまったのだ。いや、最初から鬼の魂二つは囮だったようだ。うまく修行僧の攻撃をくぐり抜けた鬼の魂は、山寺の門を抜け、里に向かった。夜明けまで後1時間を切っていた。

 その頃里にある寺では、住職が起こっている異変に対し、もしかしたら山寺が作っていた結界が破られたのかということを考えていた。しかし、鬼たちの魂は結界を破ることはできないはずだ。ということは里の人間の誰かが門を開けたのだろうと考え、二百年前から予備として保管してあるお札を地下の隠し部屋から取り出してきた。日光を浴びて朽ち果てないように里のお寺には秘密の地下室が作られていたのだった。まず避難してきた住民の力を借りて、最初に里のお寺の周りの塀の四隅に急いでお札を貼っていった。これでお寺の中に鬼が入ってくることはない。住職はそう確信した。

 鬼の魂と戦った若者たちは、ロシア人学生に取り憑いた鬼の魂を里の広場の真ん中に引き摺り出していた。ここで、夜明けの太陽を待つのだ。うまくいけば、鬼の魂だけが消滅して元の学生に戻ってくれるはずだ。しかし、修行僧の魂もそのままでは天に召されてしまう。修行僧の一人が命を受け里の寺の住職のところに急いで駆けて行った。人間の足とはこんなにも遅いものかと思いながらも懸命に走った。そして、やっと里の寺に着き、住職に話をし始めた。

「住職、私は二百年前に魂となった修行僧の一人です。今はこの若者の体を借りています。どうやら鬼の魂が山寺を抜け出して里に来てしまったようです。私以外に四人の修行僧が同じように若者の体を借りているのです。しかし、我々もそれに気づき追ってきたところ、すでに人間に取り憑いた後でした。仕方なく、我々もこの若者たちに取り憑いて戦いました。今は、里の広場の真ん中で縛り上げています。取り憑かれたのは、旅行でこの里に来ていたロシア人学生のようです。何とか日の出までこのままの状態を保ちたいのですが、そうなると我々の魂も消滅してしまうのです。何かいい対応策をご存知ありませんか」

 住職は一瞬考えたが、ハッとして地下室に戻り、あるものを持って戻ってきた。

「勇敢なる修行僧よ。この錫杖しゃくじょうを持っていくが良い。これはあなたたちが使っていたものじゃ。5本持ってきた。これを携えていれば、太陽が登っても大丈夫だ。事が上手く運んだ後に、みんなでこの寺にくるがよい」
「ありがとうございます。あと30分程度で日の出です。くれぐれも里の人たちをお願いします」

 若者の体を借りている修行僧の魂は、鬼の魂が取り憑いた学生を見張っている仲間のところに向け、全速力で走って戻っていった。5本の錫杖と共に。みんなのところに合流すると、住職の言葉を鬼に聞こえないように伝え、一人ずつ錫杖を携え日の出を待った。

 漆黒の空に異様な気配とその後ろに仲間の気配を感じた。若者のリーダーに入っている修行僧のリーダーはその気配をいち早く感じ取り、身構えた。その後ろにいた仲間の修行僧の魂が、申し訳なさそうに取り逃した鬼の魂が一つこっちにきてしまったと念を送ってきた。

「こいつはもしかすると、取り憑いているロシア人学生の中に再度入り込んで、取り憑いている鬼の魂と合体するつもりではないだろうか。そうなると我々では抑えていることができなくなる。まずい。何としても後20分程度この状態で凌がなければ」

 みるみるうちに、漆黒の空にいた鬼の魂はロシア人学生に向かって急降下してきた。他の修行僧もただならぬ気配に緊張した。その時、若者のリーダーはロシア人学生めがけて再びジャンプしていった。そして、空から降りてくる鬼の魂を身をもって阻止した。降ってきた鬼の魂は、若者の体の中に取り憑いてしまった。

 若者の心の中では、鬼の魂と修行僧の魂の戦いが繰り広げられることとなった。夜明け前に追い出さないと、修行僧もろともなくなってしまう。もし錫杖を渡して仕舞えば、鬼の魂も生きながらえてしまう。他の修行僧はなすすべもなく見守るしかなかった。それぞれが右手に持った錫杖を上下に動かし、左手は胸の前で祈るように念仏を唱え続けた。小気味よい錫杖の鈴の音が「シャン、シャン」とリズミカルに響き渡っていた。

 若者の体の中で異変が起こり始めた。鬼の魂が入った瞬間に眠っていた本来の若者の魂が目覚めたのだ。そして、自分の心の中で戦っている修行僧と鬼を見て、原因を作ったのは自分たちだと直感した。何とかしなければ。そう思った若者の心は、鬼の魂に何度も体当たりを試みる。しかし全て軽く弾き返されてしまう。修行僧の魂はそれを見てその勇気ある心で正しさも持っているようだと感じ、これなら何とかなるかもしれないと思った。そして、若者の魂によびかけた。

「憎いという気持ちを捨てろ、何とかしてこの鬼の魂を救ってやろうと考えろ。鬼も元をただせば人間の醜い心の集まりだ。何とかして、この魂を成仏させてやりたいと考えるんだ。憎しみは全て捨て去れ」

 それを聞いた若者の魂は輝きを増した。そして、金色の光を神々しく放つまでになった。鬼の魂はその様相に気押されし始めた。普通の人間の魂ではないということが鬼の魂に伝わったのだ。次第に鬼の魂が小さくなり始めた。どうやら、若者の魂の輝きに鬼の邪悪な部分が少しずつ浄化されていくようだった。やがて、鬼の魂は完全に浄化され成仏して行った。修行僧の魂は、この若者の心は鬼を浄化することができるのか。素晴らしい。修行僧は若者に話し始めた。

「山門を開いてしまった非は、もう責めない。その代わり、これからも鬼の魂との戦いで私に手を貸してくれないか。君は人間側のリーダーとして活躍してほしい。必要な時は私と合体して対応して行ってほしい。里の人々をこれからも守っていきたいのだ。里の寺に行ったら住職に相談して、今後の振る舞いを決めようではないか」
「私も、今回の戦いで、過去の人たちの功績により我々が生かされているということがわかりました。これまでの軽率な振る舞いを反省し、みんなのためになるような生き方をしていきたいと思います」

 日の出まで後1分を切った。若者は、錫杖を手に取り他の修行僧と同じように鈴を鳴らし始めた。同時に、鬼の魂を追いかけてきた修行僧の魂は山寺に帰っていった。山寺にいる修行僧は石の人形の中に入るのだ。ロシア人の学生は最後の足掻きなのか、大声をあげ始めた。しかし、ロープはびくともしない。やがて、眩しいばかりの朝陽が登ってきた。今までに見た日の出とは比べ物にならないくらいの真っ赤な日の出だった。五人の若者が打ち鳴らす錫杖の音はは里中に響き渡り、鬼の魂が退散したことを知らせていた。ロシア人学生に取り憑いた鬼の魂は浄化された。同時に学生は倒れ込んだ。完全に朝陽が昇りきったのと同時だった。縛ったロープを静かに解き放ち、目覚めるのを待った。

 ロシア人学生が静かに目を開けた。周りをキョロキョロしながら確認している。そして、周りに尋ねた。

「僕は、なぜここに倒れているのですか? あなた方は一体」
「何でもないよ、夜散歩に出て迷って寝てしまったんじゃないのかな、我々も今きて見つけたんだけど、あまりにも体が大きいのでこうして見守っていたんだ」
「なんか変な夢の中にいたような気がするんですけど」
「まぁ、後からお寺の住職さんと話をしてみるといいと思うよ。さあ、お寺まで一緒に行こう」

 錫杖を持った若者5人は、修行僧が抜けた若者5人も起こして、ロシア人学生を含めて揃って歩き出した。何となく清々しい凛とした空気を共に感じながら里の寺に入ったる境内は、避難した住民で満杯だった。そこに、ロシア人学生が入って行ったものだから、パニックになる寸前だった。ロシア人学生は目を丸くして逆に驚いていた。若者のリーダーは声をあげて説明した。

「みなさん、今ここにいる学生さんは普通の状態になりました。実は彼は昨晩、山の鬼の魂に体を乗っ取られていたのです。しかし、日の出とともに鬼の魂は浄化しました。もう彼の中には存在しません。安心してください。そして私の中には、二百年前の修行僧の魂が入っています。これから、山寺を元の状態より強固な寺にして鬼の魂の再来を防ぎたいと思っています。みなさんが安心して住める里をこれからも維持していきます。ここの住職さんと共に」

 避難した夜のうちに、住職から二百年前の話がされていたようで、みんな納得してくれた。これからは、魂となった修行僧十人と里の若者十人が協力して鬼の魂から里を守っていくことになった。万が一の時は、修行僧の魂を再び受け入れ、戦うことを誓ったのである。まずは、明るいうちに新しいお札を持って山寺の門を封印することが若者たちの仕事始めとなる。そして、自身の心に邪悪な心を宿らせないように住職の説法を毎日聞いて心の鍛錬をし、同時に護身術のために柔道と空手を身につける日々が始まった。

 そのうちこの仕事を代々継続していくための道場も開設され、鬼の魂を浄化できる心を持った人間がどんどん育っていった。しかし、鬼魂の扉は依然として存在し、増えることは無くなったとはいえ、その向こう側にはまだ無数の鬼の魂がいるのだった。戦いの終わりはまだ見えない。修行僧が追加の力を手に入れるのは、今回の戦いからおよそ百年後、その時が最終決戦の時かもしれない。すでにその時は、今回の戦いで活躍した若者ではなく引き継がれてものたちに交代しているだろう。その時までに、邪悪な心を持った人間がこの里からいなくなることを願うのみである。


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