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禅マインド、ビギナーズマインド


「ほら、マキさん!」
と突然エリックさんは振り返って棕櫚の木のてっぺんを指差しました。
エリックさんが指差した棕櫚の木のてっぺんで、
うちわの形をした大きな葉っぱが風に揺れて重なりあって音を立てています。
まるでじゃれ合って踊っているよう。

「面白いね!」
エリックさんは満面の笑みを浮かべて眺めています。
私もとても嬉しくなってニコニコしてしまいました。

京都の臨済宗圓光寺の庭に立っている時でした。

ほんの数ヶ月前に偶然知り合ったアメリカ人のエリックさんは
舞踏の勉強の為に日本に滞在中でしたが、
西洋で最初の曹洞宗の修行場となった有名なタサハラ禅マウンテンセンターで
15年間修行をした経験のある逆輸入の禅のマスターです。

70代とは思えない、とてもお茶目で若々しいおじいちゃんで
何よりも私が大好きになったのはクソ真面目な禅僧ではなく
大の愛妻家で梅酒が大好きで毒も吐く、とても人間らしい人柄。

そのエリックさんに誘われて圓光寺を訪れたのでした。

お寺の入り口に書いてあった庭の説明書きを斜め読みした私は
「有名な禅の十牛図をモチーフにした庭らしい」と情報を得ていました。
門をくぐり抜けると白い石を敷き詰めて大きな石をいくつもあしらえた
石庭がありました。
私はエリックさんとその庭を眺めていたのです。

「何が見える?」とエリックさんが私に聞きます。
「うーん?」
十牛図を必死で思い出そうとしながら、尊敬する禅マスターに
禅庭の解釈をしなければならない状況にビビりまくっていました。
「あの牛の話を思い出せないー」と私が苦し紛れに言ったら
「何も思い出そうとするな!」とエリックさんが顔をしかめたのです。

その彼の一言で
自分が目の前にある対象物にまっさらな心で向き合おうとせず
情報や知識や自分を賢そうに見せることにばかりとらわれているかに気付きました。
少し恥ずかしくなって、よし、惑わされずこの庭と向き合おうと
真剣になって庭を睨みつけた瞬間にエリックさんが邪魔したのでした。

棕櫚の葉は見えない風に動かされて楽しそうにひらひら舞って
エリックさんと私も楽しくなって笑っていました。

何かを得ようとするな。
何かを知っていると思うな。
これこそが禅マインド、ビギナーズマインドやん。

後から知ったのは私が睨み付けていた庭は十牛乃庭ではなく
龍を表現した石庭であったこと。
エリックさんはもちろん知ってたんですね。

圓光寺境内の禅堂に通りかかってチラッと中を見てエリックさん
「寒いだろうね」
「ね。でもそれも修行の一環?」と私。
「臨済宗の人はそう言うけど私はそんなの信じない。
わざわざ苦しむ必要なんかなない。
そうでなくても我々みんな十分苦しんでると思わない?」

人にやさしく自分にやさしく
ブルーハーツやん。

逆輸入禅マスターから学ぶことはたくさんある。
学びはいつも始まったばかりなのです。














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