DATES2. サティスファイ・ユアセルフ

 大きめの音でかかっているレゲエは、ウーファーから低音が響いている。メニューが見える程度の明かりは光源がどこにあるかよくわからない。全体的に焦茶の空間で壁に描かれた緑と黄色と赤のおおらかで力強い絵の筆致。埋もれるように子供の描いた炭治郎のイラスト。なんとなくホッとする。ターバンとカラフルなワンピースを身につけた店主が1人きり、正面にある唯一はっきりと照らされたカウンターの向こうでリズミカルに野菜を刻む音が混じって心地よい。
 今日の店は、ジャマイカ料理店だ。1度コロナ禍に行ったことがあり、店主がとても良くしてくれて味も抜群だった。異国の料理は食べるまで想像がつかないのがわずかに不安でドキドキするから好きだ。だから初めての人を連れていくのも楽しい。

「さっきのCDを見よう」
駐車場からここへ向かうまでに寄った、接客が90年代の無口なオタクティーンそのものな中年が営むレコード屋で入手した8センチシングルを並べる。若かった頃はああいう単純な接客が嫌いじゃなかったが、何があったわけでもなく、しかし最近は少し思うところもある。人生が重なると“複雑”なことは増える。


まあ、そんなことは置いておいて、彼と私はこれから来る料理やジャマイカのことを勝手に想像して過ごす。

 アメリカの南のカリブ海。蛍光色に近い鮮やかな水と、アイボリーの乾いた砂。改造車につないだ大きなスピーカーから音楽が聴こえて、ドレッドヘアーの若者はサングラス越しに水着の品定めをする。
 前回来た時に熟読したパトワ語の辞書にはこんなカラーの言葉がたくさんあった。
 レゲエは普段あまり聞かないけど、明るいのになぜか少し悲しくなるところがいいな。昔観たアイアムレジェンドでボブマーリーが流れていたシーンの印象が強いせいかもしれない。


 他愛のない話をゆっくり繋げていると、レコード屋とは正反対な接客の、優しい笑顔の店主が料理ができるたびに運んできてくれる。それをシェアして我々はどんどん食べる。

 魚の出汁のスープはレモンを絞るとガラッと味が変わって軽くなった。
バナナのフリッターについているココナツアイスは表面が固いけど口の中ではとろけ、甘さがさほど強くない分チョコレートとバナナにうっとりとする。
「オクラって外国でもオクラって言うんだよね」と話しながらサクサクとフライドオクラの衣を歯で砕く。
骨付きのジャークチキンには、スコッチボネットの爽やかでガツンと辛いソースをつけていたら、私のとりわけのせいで彼の分が非常にホットになってしまった。

さっきの想像上の景色をなんとなく思い浮かべては、新しい香りにレイヤーさせる。わかったような気になる前に咀嚼をして、チャチな妄想ごと飲み込むうちにちょっとした複雑な気持ちは溶けるものだ。

「おいしい?」と聞くと向かいの顔が緩んで「おいしい!」と答える。まだ知らないものを人と体験したいのは、こういうものが得られるという期待が大きい。

 食事に夢中で氷が水に変わっていくパイナップルとグァバのジュースも正解だった。

満足した。今日は満足の日だった。複雑がいつも身近にあるけど、今日は満足だったよ。

帰るとき、私たちだけの店内で、店主にかかっていた曲は何かと尋ねたら、かつて住んでいたジャマイカの思い出とともに教えてくれた。
 そして
「この曲が大好きで、歌詞もここに飾っているんです」と幸せそうにキッチンの壁を指差した。


家に帰って改めてCDを手に取って「100円」と書かれたシールを剥がした。どの値札もスルッと取れる素材で、どういうわけか切なくなった。

教えてもらったあのレゲエの曲のように、各人の満足で、どこか変でも複雑に人に作用して生きたい。

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