DATES1. 二階の純喫茶




 職場のビルのエレベータに乗り込み、18時過ぎの商店街へ滑るように歩き始めた。金曜日の賑わいはどこか人の心の温度が高く、アーケードも昨日より明るく感じる。すれ違う人たちは居酒屋の看板を指さしながら、ほどけた顔をしていた。私はそのさざ波の向きと逆に進む小舟のように進む。比較的新しい飲食店の多い南北のメインストリートから、古い道具屋や漬物屋などが並ぶ東西の通りに曲がり、少し行く。回転寿司の二階。薄暗い茶色の空間に浮かび上がる階段をトントントンと軽く上れば、待ち合わせ場所だ。
 扉の前で一瞬立ち止まり、カラカラ…と控えめに鳴るベルに迎えられる。目の前の古い電話ボックスはもう使われていないだろうかといつも思う。速足で心なしか走った鼓動が落ち着いていく。テーブルゲーム筐体のモニタが明るい白熱灯に照らされ黙って光る。この店はいつも時がゆっくりと動く。
「お好きな席へ」と声を掛けられ、できるだけ先客らから等間隔に離れた場所を目で探す。
 膝くらい、低めでクタクタのソファに体をなじませ時計を確認する。約束の時間まではあと数分。人を待つのは嫌いじゃない。ちょっとだけソワソワするのがいい。初めてここに来るはずの彼が道に迷っていないかだけが心配ではあるが、それほど難しい道でもない。黒い背表紙のメニューを開くと若い店員が水の入ったグラスとおしぼりを持ってやってきた。
「お決まりですか?」
 後から人が来ることを伝えると、もう1セット同じものがコトンと並べられた。

 メロンソーダ、ミックスジュース、ナポリタン、仕出し箱に入ったお弁当。まさに純喫茶、こここそが高松喫茶の皇帝。さて、どれを選ぶかな。

 BGMは20年前の邦画の主題歌のインストゥルメンタルで、聞こえない歌詞を思い出す。高校生だったころ原作の小説は読んだ。そして「瞼は閉じられるが、瞳は閉じられない」と力説し、詩的な同級生の顰蹙を買った。香川県は世界の中心だとソッと定義した映画。撮影地は私が住む町の近くだ。
 カラン!と音が鳴る。顔を上げて、その閉じられない瞳を見る。

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