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ホクロ

生まれつきみぞおちのやや右上に、直径1センチほどの黒々としたホクロがある。物心ついて以来それが嫌で嫌で仕方なかった。場所が場所なので普段人目につくことはないけれど、身体測定や体育の着替えなどで上半身の衣服を脱ぐとき、そのホクロを人に見られるのが恥ずかしくて必要以上に前を隠した。 

体が成長するにつれ、上半身の面積におけるホクロの占有率が小さくなっていったせいもあるが、年齢を追うごとに自分の中でのそのコンプレックスの占有率も薄らいでいった。新たに気にすることや考えなければならないことが爆増したからだろう。むしろそんなことを気にしていた幼少期の私の小さな世界は、ある意味でとても平和だったとも言える。自分と他者の違いを意識するようになった最初の時代の記憶でもある。

さらに大人になると、下着をずらしたりはずしたりしなければ見えない場所にあるそのホクロは、普段見せない他の部位とセットで限られた人だけが見るものになり、実際にそれを貶すどころか、人から言及されることはなかった。

ほとんどの場合、その人のコンプレックスは本人が思うほど他人は気になどしていない。それは見た目に関してだけではなく。
でも、だからこそ他人がいくら「そんなに気にするようなことじゃない」と言い募っても、本人が自らその呪いを解かない限り、コンプレックスはその人の中で頑なに居座り続ける。
そしてこれもまた面白いことに、その人が気に入っていないその人の特徴こそが、その人の味とか魅力になっていることも少なくないんだよな。

そう言えば、気にならなくなったどころか最近ちゃんと目にした記憶もないなと気づき、風呂上がりにホクロをさがした。垂れた胸に隠れて、他人どころか自分からも見えなくなっていた。


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