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根を張る根に持つ

小さな違和感やちょっとした手間暇をギリギリまで放置して取り返しのつかない状態にしてしまうことはないだろうか。
「なぜこんなになるまで放っておいたのですか!」
と怒られるのが怖くて、つい問題を保留にしてしまう悪循環。
という導入から始まりがちなのは病気や人間関係の話だけれど、今日のは違う。

最初に気づいたのは数年前だった。
家の門に這わせるように淡い黄色の木香薔薇が咲いているよそのお宅に憧れて、引っ越してきてすぐに鉢植えの木香薔薇を買ってきた。最初の3年は咲かないと言われている通り、本当に4年目の春から蕾がつき花が咲くようになった。丈夫で成長の早い木香薔薇はどんどん枝を伸ばし、予定通りわが家の玄関脇の柵の目隠しを兼ねた緑のブラインドのように成長していった。
何年かして、さすがに買ってきた時の植木鉢では小さすぎてかわいそうだと思い、大きな鉢に植え替えようとしたところ、まったく持ち上がらない。というか動かない。
はて?と思い鉢をじっくり眺める。
水はけのためにあいている植木鉢の底の小さな穴から伸びた根っこがその先で幹のように太く成長し、私道の脇に設置された蓋付きの排水溝にがっつり侵入している。鉢から飛び出している何箇所かを引っ張ったりゆすったりしてみたが微動だにしない。植木鉢を経由して、根っこの先は排水溝の中に深く潜っているようだった。生命力に感心している場合ではない。
これはヤバいのではないか。

マンホールの下を想像する。暗い運河のような下水道の中に突如出現するマングローブのようなわが家のバラの根っこを。伸び続ける根が下水道の中にびっしりはびこり水分と養分を吸いあげ、地上ではグングン肥大化していく枝が家を覆い、町内を覆い…そして請求される到底払えない金額の損害賠償。
さすがにそんなことはないにしてもこれはマズい。

しかし切ってしまえばせっかく育ったバラは枯れてしまう。
一刻も早くなんとかしなければいけないけれど、わざわざ真夏にやらんでもよかろう、蚊が出るうちは待っておこう、寒い時に無理にやるもんじゃないな、とのばしのばしにしながらまた数年寝かせてしまった。

近所にあった古い民家が更地になって売りに出されていた。それをぼーっと眺めていたら、たとえば将来家を建て直すとか解体して土地を売るとかそんなことになった際、あのバラの根っこは非常にヤバいのではないか、といううやむやにしてきた心配がまた再燃した。

休みで家にいた夫に事情を話し、この週末になんとかしてほしいと頼む。ソファから立ち上がった夫が工具箱から軍手と小さなノコギリを持って外に出るまで約5分。
そこからかなり作業は難航するが、もう一部が枯れてしまっても仕方がないので、とにかく地中に伸びてしまっているであろう根っこの息の根を止めることを最優先にやってもらう。
切り落とされて地下と分断された先端を新しい大きな鉢に植え終わるまで約30分。
何年もことあるごとに頭をよぎっていた不安の一つが昨日解消された。今年最初の蚊に刺されながら作業をしてくれた夫は「なぜこんなになるまで放置したんだ!」と怒ることはなかった。
食い込んだ部分の根を引きずり出すことは無理だったが、悪夢のような不安はいったん終焉を迎えた。

どうポジティブに見積もっても人生が後半戦に突入している。くだらない心残りは早めに一つずつ潰していかないといけない。まだ結構ある気がする。


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