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ラジオで聞いた闘病記で目から鱗

【音声配信】特集「話題の新刊『食べることと出すこと』当たり前のことが出来なくなって気付いたこととは?~潰瘍性大腸炎闘病記・後編『出すこと』」荻上チキ×頭木弘樹▼2020年9月18日(金)放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」平日22時~)

https://www.tbsradio.jp/518038

*閲覧注意:病気の話です。尾篭な話です。

安倍前総理の辞任の原因となった病気「潰瘍性大腸炎」を長年患い、闘病を通じて経験し思ったこと、考えたこと、気づいたことを記した著書、その著者へのインタビューで構成された番組です。

著者の感受性の高さ、表現力の豊かさが感じられる、病気の話ながらとても面白い、貴重なトークでした。

その中で、僕が強い衝撃を受けたエピソードがありました。番組は、著作を朗読し、その後で著者とのやり取りを行う、という形式で進行していきました。

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朗読(要約):漏らすときの切なさは想像以上だった。トイレの「大」に入れなかった。点滴スタンドが邪魔をしているうち、漏れてしまった。ああ、もうダメだと思った。よくわからないまま、最後まで全て出し切ってしまうのだ。その後の気持ちは形容しがたい。現実の気がしない。

夜中だった。他には誰もいない。ちょうど、若い看護師さんがやってきた。迷惑そうな顔になった。「自分でなんとかできますか」と言われた。「拭きたいので、お湯とかタオルとか貰えませんか」と頼んだ。ところが、「こんな夜中にお湯は沸かせませんよ」と断られた。

今考えても不思議だ。お湯の出るところはあると思ったのだけれど。私は「水でもいいんで」と譲歩した。寒い時期で、水はキツイと内心思ったことは覚えている。

「じゃあ、これで」と、看護師さんは、トイレ掃除用のバケツに水を汲んで、雑巾と一緒に私の足元に置いた。「これで自分で綺麗にしてくださいね」と言って去っていった。

私は潔癖症ではなかったが、さすがにそれはないだろうと思った。だが他にどうしようもない。体が震えていた。汚い雑巾で自分の足についた便を拭きながら、私は、自分が泣くんじゃないかと思った。でも泣かなかった。泣かないんだな、とちょっと不思議に思ったりした。

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この後、荻上さんと著者の頭木さんとのやり取りになります。荻上さんは「大変な経験をされましたね」と促すのですが、頭木さんのお話はこうでした。

「看護師さん(たち)に対して申し訳ないエピソードで、素晴らしい方がほとんどで、こういう対応をされたことはほとんどない、たまたま初めて大変な漏らし方をした時にこういう目にあってしまいました」

「この時、不思議とこの看護師さんに全然腹が立たなかった、今でも全然腹が立たないんです。その時にはそれだけの精神的な余裕がなかったんですね。二十歳で漏らすのはショックが大きいことで、病気で夜中で寒かったりということもあって、失感情症みたいになって、何も感情がない状態にしばらくなっちゃったんです。その時怒らないと、後から振り返っても怒りは湧かないんだなって思いました」

「なんでこういう対応だったのかよくわからないですけど、こういう看護師さんは珍しく、普通はもっと暖かい対応をしていただきます」

「漏らして非常に辛かった後に、なんでこんなに辛いんだろうと疑問に思って本を読んだりすると、恥を掻くと人は従順になるという心理的な傾向があるらしいですね」

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僕はこの話に強い印象を受け、自分でも色々と考えました。誰もが行なっている排泄という行為と、それを隠したいという心理、それは排泄中は無防備になるから、という動物的な本能もさることながら、人間の社会性に大きく関わるトピックであり、基本的人権の範疇に含まれる話題です。

このエピソードでは、著者である「頭木さん」と「若い看護師さん」のミニマムな社会における出来事で、僕は一聴したときに、この看護師さんは虐待に近いことをしているのではないか、と思ってしまいました。

しかし番組の当該箇所を何度かリピートしながら、じっくりと考えていくうちに、結果的にですが頭木さんは得難い経験をしたのだと思いました。彼は、自身の聡明さでこの体験を消化することで、心の強さを獲得したのではないだろうか、と思いました。

それはこういうことです。看護師さんの優しい対応、それはある種、患者側が期待することであり、看護師さんたちも心がけている「サービス」で、病院内という空間において成立する関係性なわけです。

ところが外の社会では、例えばこのエピソードのようなことが公共のトイレで起きてしまった時、他人はどんなリアクションをするか、中には親身に対応してくれる人もいるでしょうが、いずれにしろ愉快な出来事ではないはずです。

誰もが自分の身に起こりうる、身体の不調によるこのような状況は、でも間違いなく不愉快であり、それを優しくケアする裏には憐憫があるだろう。医療従事者は、訓練と精神力でそれを極力顔に出さないというプロ意識があるということだと思います。

頭木さんが、この看護師に対して「なぜか腹が立たなかった」のは、その「嫌な顔」に嘘がなかったことが腑に落ちたからなのではないのかな、と思いました。

例えば、この若い看護師さんは、先輩などから、「過度に憐れみをかけるのは逆に患者さんのプライドを傷つけることになる」などと教えられていたのかもしれません。

ほとんどの看護師さんが天使のような優しい対応をするなかで、この看護師さんのように、(どれだけ当人がわかってやっているのかは不明ですが)一般社会と同じように、冷たい対応をする人がいるということ自体は、(明らかな虐待でない限り、)患者さんの退院後の社会適応にとって、一概にマイナスであるとは言い切れないのではないのかな、と思いました。