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[フィクション]あの夜食べたアイスクリーム

例えば、深夜に一人家を抜け出してコンビニに向かい、持ち帰るアイスクリーム。木の使い捨てスプーンですくった一口の甘みが、乾いた喉にブッ刺さる。こういう体験に、「罪悪感」とかいう言葉を簡単に使える。

自分たちの消費活動が、地球のあっち側で、いたいけな人びとの爆殺に一枚噛んでいたとしても、あんまり身にしみて出てこない3文字。一口のアイスも、砂塵と化した灰色の街の風景も、脳みそにちょっと刺激与えて溶けて消えていく。


人に優しくありたいと思っているくせに、身近な人の一挙手一投足に腹が立つことがある。
100人と出会ったとして、100人全員はたぶん愛せない。当たり前すぎる不完全。

穏やかで庶民的でちょっと美味しいくらいの暮らしのために、ちょっとした買い物して、ちょっとだけ浮かれながら通り過ぎる路上生活者の横。

北極の氷が溶けてきてすみかを追われるホッキョクグマのことを本気で憂いてたつもりなのにライト使って植物育てる。ヒーター使って爬虫類飼う。
牛や豚を可愛いと思うがハンバーガーは美味いし、とはいえ殺すところは可哀想なので全然見たくない。

カネに首根っこ掴まれてみんな思ってることが全然言えない裸の王様ワールド。だけど共産主義者ではないし現状資本主義の対案がないから迎合するしかないし、お金は大事だし欲しいし、500円玉ってうれしい。

アメリカの挙動クソムカつくと思いながらもリスク低そうだからアメリカ株に投資。増えてるの見て満足の微笑みと同時に、金のことばっかり考えてる偉そうな人間のことちょっと馬鹿にしてる。

正義とか善悪って多面的なものだよねってわかった気になっているうちに、勝った方とか強い方とか金持ってる方とかが正義として固定される世界に普通に振り回されてる。自我とか自意識だって、きっと虚構で、本当は誰かがどっかでコントローラー握って右とか左とかAボタン押してる。


極論明日が楽しくて明後日も楽しくて10年後も楽しくて好きな人と寿司とかカレーとか食べて美味しいなって笑い合ってたら悪くない人生かもしれない。

だけどなんかそんな悪くない人生もちょっとずつなんかに蝕まれそうな恐怖が常に隣り合わせ、そしてそれとどう戦えばいいんだ? ってみんな右往左往しながらコンビニに辿り着きアイスを買い罪悪感をおぼえながらも食べ終わり空っぽのカップをゴミ箱に放り、ゴミ箱はやがていっぱいになり月曜日に収集されてさようなら。なんのアイスを食べたとかそのころはもう忘れてる。

その日暮らしにたぶん精一杯だから。



そしてその日食べたアイスクリームは人知れず生産されなくなり、やがて牛は絶滅した。
10年後、爆弾の雨が降りコンビニもそれを運営する企業も街から姿を消した。


廃墟が残った。













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