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さよなら、先生

先生から最後に処方してもらった薬はタミフルだった。
一昨年の一月、東京出張中に運がいいのか悪いのかインフルエンザになった。外出禁止のおかげで1週間もの間、東京にとどまることができて、体は苦しかったけれど心の中では「インフルエンザありがとう」と思っていた。

先生と私の関係はすごくすごく長い。
小児喘息を発症した3歳から、最低でも月に2回は通院せねばならず、それは大学生まで続いた。親戚よりもたくさんあっているし、祖父という存在を知らないで育った私にとって先生は病気以外のこともたくさん心配してくれたり、うんちくを言ってくれたり、私の想像する祖父そのものだった。よく、首元の開いた服を着て「風邪をひきました…」ともじもじ伝えると、「そういうのを着てるからダメなの、首元の詰まったトックリとかを着るんだよ」と何度もなんども言われた。もしかしたら成長の過程を身長体重血液レントゲンなど、ありとあらゆる角度から知っているから、一般的な祖父は知らないけれど、それ以上の存在だったかもしれない。
そして先生も私のことをたぶんだけれど孫のように思っていてくれて、他の患者さんよりも贔屓していたと思う。だって、私が診察室に入った時の笑顔と無駄話(患者さんが多い時は少し早口)は、本物だった。

喘息とアレルギーの検査のために、年に一度は必ず採血をしなければならなかったのだが、注射器が苦手な私の性格を熟知している先生は、いつもサプライズ採血を決行してきた。ああ、また今回も先生の方が一枚上手だったなあと悔しい思いで左腕を差し出す。硬く目をつぶり、腕を見まいと首をめいいっぱい右に向けると「自分の血の色くらい見られないようじゃ大人になれないよ」と言われたのが懐かしい。「じゃあ大人になりません!」と答えた気がする。でもやっぱり大人になりたくて、採血後の試験官のような容器に入った血液はチラッと見たが、見るものではないなと思った。

先生、今はトックリじゃなくてタートルネックって言うんですよ。昔は首が詰まった服が苦手だったけれど、今はトックリしか着ないくらいです。風邪もひかなくなりました。先生のおかげで体は強くなったんです。病院は元気な人の来る場所じゃないと、そう言われたから行かなかったけれど、行けばよかったです。会いに行けばよかったです。これから誰に診てもらえばいいんですか。

#エッセイ #ペンチメント #コラム

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